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DMK 温泉めぐりの紹介


● チェンマイの温泉

  寒い国の皆さんお元気ですか?私もヒゲミヤさんも相変わらずの暑さにバテバテです。カラスさん、ジダイヤさんはゴルフ。かってチェンマイ温泉探検隊でNO,1だった温泉は荒れ果て、湯舟造りは大変でした。4駆車を借り、山に入って、シャベル、スキ等を担ぎ30分、踏みあとを登り降る。水の流れを土のうで変え湯舟を造るのに5人で2時間。座って腰までの湯だまり。満足。疲れた。写真は作業中。源泉60度Cくらい。(08/02/15 クロカン)


● タイの温泉

10月ヒゲミヤさん、アロタツさん、アロイさん、イセヤさんとチェンマイに行き温泉を数カ所入ってきたのですが、一行・タイナベさん、運転手を入れて8人。(タイ人運転手・・いままで6回ほど同行、2回は泊まりがけ)北タイ温泉探検隊長の山内さんに案内をしていただいた公園内の51度の温泉の事が「チェンマイ・田舎・新明天庵だより」に出ていました。少し引用します。以下が記事。
  「チェンダオにある小さな国立公園内に露天温泉があり、日本の東京からやってきた露天温泉愛好会の方々をご案内。 なるたけ自然に近い野趣に富んだ露天温泉がたいそうお気に入り。それはそれで私の好みでもあるのだが、そのような自然に近い露天温泉はなかなかないものだ。それでもなんとかその露天風呂温泉ツアーをアレンジして、日本の温泉好きご一行様に楽しんで頂いている。 
北タイにはまだまだある知られざる温泉を探検して、今後も、野趣に富んだ露天風呂温泉を発見したいものである! 」・・・我々のことと思われるので、来年もまた温泉に行く途中で弁当やビール果物など購入して北タイの温泉に入りに行こうと思っている。 (07/12/03 クロカン)


● 温泉渋温泉

  ・何処の温泉でしょう?  今日はこんな階段のある温泉に来ています。湯上がりのビールは2杯、あとはやはり日本酒。今夜は早寝。(06/09/02 クロカン記)

  ・ドコダ?   温泉とはうらやましいです。又階段のある・・・で頭に浮かぶは懐かしい伊香保かな?そんな所に行く筈はない。ドコダ、階段だけではワカラナイデス。 (06/09/02 カラス記)

   ・ヒント  こんな宿屋もある温泉です。エンチョウさんは階段を見ればわかる。看板を見ればドボンさんにも判る。カイサクさん、ヒゲミヤさんも解る。千と千尋の旅館に泊まっています。カラスさんは?よろしく。(06/09/02 クロカン記)

  ・判らない  クロカンさん何処なのか判らないよ。だって昨日食べた物さえ思い出せないもの。数年前に行った場所なんか思い出せないボケ状態が続いている昨日今日です。(06/09/02 ドボン記)

  ・判った  渋温泉です。エンチョウさんが外湯温泉巡りを踏破したところです。温泉には、湯当会の両巨頭(カラスさん&ドボンさん)は参加していません。
参加者は6人(クロカン、ヒゲミヤ、エッチュウ、カドカド、エンチョウの5氏とカイサク(当時ドサンコ))で、善光寺をお参りしてから渋温泉へ。H15年4月のことでした。何せ、あの短湯のエンチョウさんが、ななんと他の5人が途中でギブアップしたのに、一人で9つの外湯巡りを達成。最後にその手拭を神社に奉納したという曰因縁、故事来歴(?)のある温泉なのです。でも本当にこじんまりとして雰囲気のあるいい温泉でした。エッチュウさんにも好印象だったようで、その後家族で行ったようです。(06/09/02 カイサク記)

  ・正解!  まだ起きています。カイサクさん、大正解です。賞品は4日に信州の名物を御期待下さい。(06/09/02 クロカン記)

 ・賞品をどうも  クロカンさん Sうさぎさん 「温泉当てクイズ」の賞品ありがとうございました。 お手つきをやってしまいましたが、賞をいただきニンマリです。(06/09/04 カイサク記)

  ※H15年の渋温泉記は、エンチョウさんが担当しています。このページの下部をご覧ください。


● 湯好会タオルも国際的に(?)

  タイに住んでいるDMKのタイナベさんが帰国。メンバーへのお土産にと北タイの情報誌(日本語版)を黒潮集会に持参しました。
  なななんと、その3ページに我が湯好会のタオルの写真が・・・ 記事には温泉に入るための必要グッズとしてタオルを忘れずにとあり、湯好会タオルの写真が掲載されています。
  残念ながら写真はモノクロなので、若さ(?)の象徴である鮮やかなグリーンは表現されていませんが、独特の書体(書体名は忘却。HP作成始めた頃に使用していたPCにはこのフォントが入っていたが、現在使用のPCには入っていない)が目につきます。(06/06/09 事務局)

  ・タオル掲載の件  4月に行ったタイ・チェンマイで、温泉に案内してくれたヤマウチさんのホームページを見ていたら、「北タイ温泉探検隊」の記事の所にクロカンとヒゲミヤさんの事が載っていましたので、その一部を抜粋して紹介させていただきます。(06/06/27 クロカン記)

 日本の温泉愛好家グループの男の方2人が、日本からはるばるチェンマイの新明天庵までやってこられた。遠来の客人を、自慢の手作り谷川露天温泉に案内差し上げた。 嬉しいことに案内した谷川露天温泉が、たいそう気に入ってくれたようで安堵。日本からはるばる北タイの知られざる温泉に、わざわざやってこられる方々がいる。根っからの天然露天温泉愛好家が、日本にもおられるようだ。(ヤマウチさんのホームページより)


● 爺が行く台湾温泉旅行記 ('05.9/16〜20)

  05年9月16日(金)、快晴の東京国際空港(成田)第二タ−ミナルWカウンタ−前になにやら怪しげな男達が集まり始めた。
どう見ても団体のツア−でも無い、また、個人旅行でも無い。やがて人数が揃ったらしいその数7名、ん、平成の7人のサムライか?そんなかっこうの良い御仁はいない。ヨタ、ヨタ旅行会と言ってもよいグル−プだ。

  そのうちヒゲのオジサンが、グリ−ンのタオルをザックから取り出した。そのタオルにはDMK湯好会とあり、温泉を示すマ−クが入ってる。とするともしかして「逆さクラゲ」の経営者達か?
7名は航空券を受け取りにカウンタ−に向かって行った。その行き先は今ち竹炭ブ−ムの台湾であった。
航空券を受け取りゲ−ト内に入った7名は、すぐにウイスキ−の売店の試飲食コ−ナに行き、6名は1人2杯位うまいうまいと調子の良い事を言いながら無料のウイスキ−を飲んでいる。あ〜先が想いやられる。民宿サリダ(沙力達)前

 次に免税店に入り、土産のウイスキ−(結局は土産にならず自分達で飲んでしまった)やタバコをカ−トン箱で購入している。ダバコを吸わない3人「あいつら肺がんになるぞ」と横目で見ている。

  ゲ−トに入った7人のヨタヨタ侍?軽食店でサンドイッチや生ビ−ルを注文し、食ったり飲んだりと一人少ない。や、やAさんが女性の旅行カバンを拭いてるでないか。戻って来たAさんに訳を聞くと、「足がふらついて生ビ−ルを女性のカバンにかけてしまった」との事。相手は言葉からして中国人らしい。「いやぁ〜普通の人で良かった。中国のマフィアだったら大変だった」とAさん青くなっていた。
早くも足がふらつくなんて、やっぱりヨタヨタ旅行会かな?

  やがて機上の人となるべき、手荷物の検査や身体検査も全員無事通過。台湾行きの飛行機に乗り込む、機内はほぼ満員状態。機は定刻14時15分離陸、夕闇迫る台湾時間の16時05分無事台北空港に無事到着した。あ〜良かった。

  エバ−航空・BR−2197便は無事台北空港に到着した。空港からバスで高速道路経由でユェンサンに行く。ところが夕方のラッシュのためか大渋滞に巻き込まれる。高速を走っている車は、日本製がほとんどである。たまにワ−ゲンやベンツを見る。日本製の車はガタガタで、日本では走れない様な車が多い。
台湾人の運転する車は、高速でもウインカ−を出さずに割り込んでくる日本では考えられない。日本の旅行者が運転していたら絶対事故が起きる。台湾のバスはなかなか室内灯を点灯しない。隣にいる人の顔が見えなくなるまで室内灯を点灯しなかった。沿道のマンションらしき建物にも灯りが見えない。

  ユェンサンから新店まで電車で行き、そこからウ−ライまでバスで行く。このバスがまたすごい、ガラスに穴があき、スプ烏来温泉 露天風呂リングはガタガタで、ボデ−には大きなへこみがある。バスは川沿えの道をライトを頼りに、標高800mのウ−ライに向かって走って行く。
ウ−ライ行きのバスの運転手は、なんとくわえタバコで運転してるでないか。日本では信じられない事が、台湾では平気なのかビックリ仰天。PM8時ウ−ライに着く。

 隊長のKさん携帯で民宿と連絡する。 やがて幌付きの小型トラックが走ってきた。 人の良さそうな民宿「サリダ」のオヤジさん、日本語が上手い。 夜食を食るためオヤジさんの紹介で、「泰雅婆婆美食店」 とか言う店に入る。1人500円位の安さで腹満腹。1時間位で民宿のオヤジさんが迎えに来てくれた。

  なんと小型トラックの荷台には、我々人数分の椅子が置いてある。なんたる気のつかいよう感謝する。 数十年前のキャブライトを想いだした。やがて車は民宿「サリダ」に到着した。 「サリダ」では15坪位の部屋に、7枚のフトンを引き全員同部屋  で寝る。くたびれている為かすぐ寝てしまいイビキ、寝言、歯ぎしり  を聞く暇がなかった。

 台湾第一夜を民宿「サリダ」で過ごした7名は、翌朝露天風呂に行くとの事で午前4時30分に起床、5時に「サリダ」を出て風呂に向かう。ヒゲミヤさん「こんな朝早くから風呂に行く人はいないよ」とか言う。全員「そうだ、そうだ」とか言いながら、山道らしき階段をどんどん降りる。温泉の近くまで行くと道路に車がたくさん駐車している。

  ん、露天風呂に行くとなんと70〜80人が温泉にいるではないか、なんだこの人達は? 我々も更衣所で海水パンツと水泳帽をかぶり温泉につかる。前からいた人達もほとんどが高齢者である。温泉に入っていたらおばさんが声をかけて来た。「あんた達日本から来たのかい」と聞いてきた。「そうだよ」とドボンが返事した。おばさんニコニコしている。「私はね北海道にいたことがあるんだよ」とか話してきた。そのおばさんの話しだと、我々が今降りてきた階段や山道は旧日本兵が整地したとか。「昔は良かった」よとか言っていた。

  そのおばさんの年齢は75才と言う。「30数年前はこの近くでお土産屋をしていて、日本人に儲けさせてもらったよ」とか。そのおばさんの隣に83才のおばさんがいて、「日本人は親切だよ」とか言って日本人を誉めていた。そう言えば台湾では反日教育をしてる事を聞いた事がない。
83才のおばさんクロカンさんを見て、「あなたシャチヨサン」と聞くので、私は「良く判ったね、この人シャチヨさんだよ」と答えると「腹が出ているからすぐ判った」とか。「私は何に見えるかと」おばさんに聞いたら、「あんた腹ペッチヤンコだから小使いさんでしょう」と言う、大当りだ。

  台湾の人達は風呂に落ち葉なんかが入るとすぐ拾って捨てる。大衆温泉場であるが、たえず温泉に入ったゴミを拾っている人がいた。日本の露天風呂では考えられない事だ。風呂から民宿「サリダ」に戻る、上り坂がきつい。途中から隊長が「サリダ」に連絡車が迎えに来てくれた。 続く

  宿「サリダ」の朝食は、八品ついてなんと日本円で約350円、すごく安い。やがて「サリダ」に別れを告げ、ウ−ライから新店までバスで行き新店から台北までMRTとか言う地下鉄で行く。台湾の地下鉄は車内はきれいだが、座席がたんなるベンチ見たいだ。台北駅の地下商店街で昼食にする。各人オムライスカレ−やスパゲッテ−カレ−を注文する。

  台北の駅は宮殿を想わせる様な作りだ。しかし駅の壁面に次の様な注意事項が貼り付けてあった。「空襲警報谷関温泉の昼食のサイレンが鳴ったらすぐに地下に入る事」とか言う内容である。そうだ台湾は現在でも戦時下なのだ、忘れていた。いつ大陸が攻めて来ても不思議ではない。(我々のいる間は攻めて来るなよと祈りつつ)

  台北から13時05分発の特急・自強号で台中まで行く。台中着15時、バスを待っている時スコ−ルに合う。15時40分谷関行きのバスに乗る。バスは昨年の台風で氾濫した川沿いを走って行く。途中河川復旧工事用のトレ−ラを数多く見る。トレラ−は川の石を何処かに運んでいる様だ。17時30分谷関に到着した。
  9月17日(土)谷関に到着。昨年氾濫した川に架かるつり橋を渡り温泉会館「四季」に入る。昨年一部の人が利用したホテルだ。従業員のハンさんが出迎えてくれた。クロカンさん、ヒゲミヤさん、ドサンコさんは一年ぶりの再会だ。ホテルのエレベ−タ−の乗るなり、ハンさんは「あれ一人いないね」と手を頭にやった。全員誰かとすぐ判った。ハンさんは非常に残念がっていた。

  早速風呂 に行く。「四季」には露天風呂が四個(水着着用)内風呂(ノ−パンでOK)が一個あった。ちなみに最上階は「星空情人屋」とか言う一泊4000元
する部屋もあった。夜食はバ−ベキユ−である一同満足。部屋に戻る途中なんとイト−サンが酔っ払って大の字で寝ているでないか。その後夜の谷関の散策に行くがなにも無いのですぐ帰還、全員歳の証拠かな。

  9月18日(日) 年寄りの朝は速い。6時頃から風呂に行っている。朝食は食堂でバイキングだ。最初の予定だと18日午後台北に戻る予定だったが、もう一泊「四季」に泊る事に決めた。朝風呂に行くとノグチさんがいた。ニコニコしながら挨拶してくれた。ノグチさんが私に名刺をくれた。名刺には「温泉会館」四季とあり住所、携帯番号らしき数字と自分のフルネ−ムが印刷されている。本名は○○○でここでは本名を書きません。ノグチさんはあくまでノグチさんなのです。風呂に入ったり、出たりしているうちに昼になる。

7人はバス通りまで出て昼めしを食べるため食堂に入る。マスの鍋物、焼きそば、エビのから揚げ、チャ−ハン、キャベツの炒め物、牛肉の炒め物、しいたけのから揚げ等、腹いっぱい食べて一人600円位だった。「四季」まで歩く途中、温泉会館とか言う博物館に入り、台湾の温泉の歴史を見学する。やはり日本の影が見え隠れする内容だった。夕食後「四季」従業員から本格的はウ−ロン茶を入れてもらう。

  9月19日日本では「敬老の日」で祭日だ。バイキング形式の朝食後、「四季」の正面入り口で従業員のハンさん等と記四季温泉 ハンサンを囲んで念の写真をとる。9時10分発のバスで谷関を後にする。途中左側に見える大きな河川の氾濫の後が痛々しい。石を運ぶトレ−ラ−が数多く走っていた。台中までバスで行く予定を急遽変更、豊原ステ−ションから台北まで豪華デラックス3列シ−トのバスで行く事にした。

  高速道路をバスか快調に飛ばして行く。台湾の高速道路の料金所の係員は女性が多かった。13時50分台北バスセンタ−に到着。ここからタクシ−でホテル「一楽大飯店」まで行く、タクシ−代は約250円。隊長のKさん運転手にメ−タ−出せよとか話している。運転手の中には旅行者だとメ−タ−を出さないで吹っかける運転手がいるらしい、さすがKさん旅馴れている。

  14時30分ホテル着チエックインする。ホテルのドア−ボ−イがどこの旅行会社のツワ−かと聞くので、我々は7人のフリ−旅行だと言うと、「オ−」とか言って手を広げて行ってしまった。考えたら未だ昼飯を食べてない。取りあえずホテル前のラ−メン店に行って、海鮮うどんを食べる一人280円。その後MRTで西門町から新北投まで行く。新北投から徒歩で、公園の中にある露天温泉に行く。「親水露天沼泉浴池」とか言う看板があった。

  廻りはマンションに囲まれていて上段、中段、下段と三ヶ所の風呂があり上から下に行くにしたがって冷たくなる温泉である。もちろん水着着用、ただし水泳帽をかぶっている人はいなかった。マンションの方を見たら八階から女性が露天風呂を見ていた。その後地獄谷に行ったが、すでに閉門で見れなかった。  18時20分陽は既に落ちまっくら闇の中、土林夜市に行く。

  ところで話しは違うが、台湾はバイクの非常に多い国だ。自転車はあまり見かけない、ここが大陸との違いか。台湾のバイクは二段右折である。そのため赤信号になると数十台のバイクが前の方にいて、信号が変るとウンカの如く走ってくる。二人乗りは当たり前、中には一家五人位で一台のバイクに乗っている人もいた。

  士林夜市は狭い道路の両側に多種多彩の店が出ている。人が多く食べ物を売る店が多くみられた。その狭い道にバイクが走ってくるので、危なくてしょうがない。日本では歩行者天国になり安心して歩けるが、そこが台湾との違いである。
西門に戻り近くのマンション内にある食堂に行くが、すでに閉店していたので従業員のオバサンの紹介で近くの24時間営業の高級?飲食店に行く。この飲食店は高層ビル内にあり、雰囲気だとかなり取られそうだ会計のDさんビクビクだ。しかし会計で1人当たり約1新北投駅前800円、ウヒヤ安い。 店を出てタクシ−で1783年建立された台北最古の寺ロンサンス−に行く、ところが残念ながらここも閉門。この寺でカツを入れてもらう予定のAさんホットした。その後夜店を見学ホテルに戻る。

  9月20(火)台湾旅行の最終日だ。ホテルでの朝食をやめて、町に出てコ−ヒ−とサンドイッチを全員召しあがる、1人約300円。その後デパ−トに行ったが11時開店との事なので、その間近くにすご〜く由緒あると思われる台北天后宮とか言う寺の見学に行く。1746年に建立されたとか。寺の説明書は中国語、日本語、英語で書いてあり国際色豊かだ。

  Kさん、Aさん、Dさん台湾のおみくじを引く、全然意味不明だ。寺に日本語堪能のオジさんがいて、寺の案内とおみくじの意味内容を教えてくれた。「Kさん家内円満、奥さんを愛してるでしょうとか書いてある」と説明され「大当たりさすが台湾のおみくじだ」とか言ってニコニコ顔。Aさん「来年気を付けなさい」とか言われ落ち込む。Dさんのを見たオジサン一瞬、Dさんを見て「これは神様が見守ってくれる」とか書いてあると言うが、裏を返せば「貴方は永い事ありません」とか言う意味に取れるのである。ちなみにDさんとは作者の事である。いやおみくじなんか気にしない。当たるも八卦あたらないも八卦だ。

  台湾の電車(MRT)の駅構内やホ−ムは非常にきれいだ。 それもそのはず駅構内やホ−ムでの喫煙、飲食は厳禁である。 そうとは知らない7人組、新北投駅ホ−ムで飴やガムを食べて いたら、すぐに保安員(警備員)が来て「食べてはだめ」と言う。 日本では電車内でカップラ−メンを食べてる御仁を見た事あるが。 さて寺見学の後土産を買いにデパ−トに行ったが何も無し。

  ホテルに戻り12時前貸し切りワゴン車で、高速道路経由空港に 向かう。12時35分台北空港着、14時55分BR2196便は台北空港を離陸一路成田に向かう。機は一気に上昇、南国台湾が見る間に小さくなる。「さらば台湾また来る日までしばし別れの・・・・」
機は19時05分無事成田空港に到着。全員の荷物が揃ったところで、 解散式を挙行「皆さん大変お疲れ様でした」  (終わり)(05/11/02 ドボン記)

   旅行の後刻(後日ではない)談  台湾から戻り、成田空港からドボンさんと電車で帰りましたが、ホームで外人から東京方面へ行く電車を尋ねられ、ドボンさんが英語で応えていた。台湾へ行く前は、単語カードで一生懸命に中国語を勉強していたが、現地では全然使わず日本へ帰ってきてから、英語を使うとはこれ如何に・・・(05/11/02ドサンコ記)

  台湾爺の旅   ドボンさん! 台湾爺の旅、毎回楽しく読みました。ドボンさんの台湾ウオッチングは、少しなれてしまった私には、とても新鮮な感想で、改めて行きたくなりました。私も10年位前あの寺で、おみくじをひいた時、交通事故に合うと言われショックでしたがまだなので、あてにはなりませんよ!勿論いい事は当たってますけどねェ!同行した気分で楽しかったです。  ありがとうございました!(05/11/02 サチコG記)

  ○○人  ドサンコさん 私が英語を話していたとビックリした見たいですけど、なにを隠そう私は英国の情報部員なのです、名前はジェームズ・ドボンと言います。だから中国語より英語が得意なのです。なぬ66才なのにくだらないメールを送るなと・・・どうもすみません。(05/11/02 ドボン記)


● DMK湯好会 台湾ミステリーツアー('04.9/11〜15)

ドサンコ  9/11(1日目) 成田→台北→台中
  午前9:30 横浜より「特急成田エクスプレス号」乗車、定刻10:57 成田第2空港駅着。待ち合わせ場所には、クロカンさん、ヒゲミヤさん、エッチュウさんの3氏がすでに来ていて談笑中。 今回の航空券を購入した旅行会社の佐藤氏にも紹介される。

  早速、旅行保険の手続きをクロカンさんが立ち会ってくれ、保険会社のおまかせセットではなく不要のものをカットしたもので申し込み安くあがる。PCソフトイをンストールするなら、標準インストール(大体のものが揃っている)ではなく、カスタムインストール(必要なもののみを選ぶ)ということで、さすが旅慣れたクロカンさんと感心。

  今回の旅行用にと私が購入したキャスター付ザック(4,980円)が値段の割りにはよいとの評判。(値段を倍くらいに言っておけばよかったか)  旅行会社の佐藤氏も同じものをすぐ購入すると言っていたが台湾地図、旅行のプロも欲しがる程なので確かに買い得だったのだろうと納得。

  預ける荷物の手続きも終わり、出発までティータイム。携帯で写真を撮りDMK宛にメールするがうまく送られない。写真の容量が大きすぎるのかな・・・帰ったらまた携帯の取説を読まなくちゃ。

  飛行機は満席、日本時間の14:30成田発。台北(中正国際機場)には現地時間の16:30着のわずか3時間。えっ、2時間じゃないのかって、いや時差がありまして台湾は日本より1時間遅いのです。ここで台湾現地時間に合わせるため、時計を1時間前に戻す。(以降の表示時間は台湾時間)

  空港であわただしく日本円を台湾ドル(元)に替え(1元→3.3円)、台中行きの高速バスに乗車。ここらも旅慣れたクロカンさんがそつなく切符を購入、1便早いバスに乗れた。バスはデラックス、座席はゆったりで快適。今回のツアーの会計はドサンコに決り、一人7,000元(23,100円)徴収。

  これで4泊5日の衣(?)食住全てを賄うの・・・ほんまに大丈夫かいな・・・会計係としては思わず関西弁が出るくらいシブチン的発想に・・・ところが帰りにはこれで釣りがでるのです。バスは台中ICまでノンストップ、市内に入ってから少し渋滞するが18:30 終点の台中駅に到着。

  クロカンさん、エッチュウさんが以前宿泊したことのある駅前の富春大飯店へ。(台湾で飯店とは、食事をするところではなくホテルを意味するらしい)
ロビーには大女将がデンと鎮座し、従業員とお客にニラミ(?)を効かせている。日本語がペラペラの85歳のオバーチャン(以下富春バーチャン)。
クロカンさん 富春バーチャンと旧交を暖めながら、明日行く谷關温泉ルートの情報を仕入れる。
  7、8月の2度の台風直撃で道路が寸断されバスは通じていないらしい。やむを得ずタクシーをチャーターすることに決定。宿泊代は2人1部屋で計1,800元(5,940円 1人当たり1,980円)、これならなんとかなるかなと会計としてちょっぴり安堵。

  2部屋の割り振りをヒゲミヤさんがアミダクジで決め、クロカンさんとドサンコがA部屋、ヒゲミヤさん、エッチュウさんがB部屋。なぜかB部屋の方が広くエアコンの効きもエー。荷物を置いてから夕食がてら台中の街を散策。台北市、高雄市に次ぐ台湾第3の都市、街もかなり大きい。夜とはいえ結構蒸し暑く吹く風が心地よい。調理場が店外(道路)で食事場所が店内という台湾スタイルの食堂で夕食。

  店の戸などはなく店内は、数脚の丸テーブルと今にも走り出しそうな扇風機が1台。野菜の炒め物を頼みたいが言葉が通じず、店のオネーサンが日本語を話すオジサンを連れてきてくれ無事注文終了。
  他店のお客をワザワザつれてきたようで、帰りすがら2、3軒先の店を覗いたらそのオジサンが食事をしていた。台湾ビールはなかなか口当たりはよいが、冷えてないのが玉にキズ。アスパラの炒めもの、餃子、炒飯がうまい。食事代は4人で〆て600元(1,980円)。

  中年女性運転手のタクシーでホテルに戻った際、メーターは75元、100元で釣りをもらう。硬貨3枚をくれなにか合図をしたが意味分らず。灯りの下で見たら30元あった。タクシーの運転手から逆にチップをもらってしまった(5元の小銭がなかったのだろう)。そんなことで皆から釣りなんかチップであげればいいのにと言われてしまう。
  運転手さんゴメンなさい、このご恩は一生忘れません。 論語にあり、「子曰く、会計はシブチンを以って良しとす」。皆のお金を預かり切り盛りしなくてはならない会計はつらい。部屋に戻り、旅の無事を願い全員ウイスキーで乾杯し、第1日目終了。

  9/12(2日目) 台中→谷關温泉
  夜半、台湾東岸沿いに雨台風が通過したようで、翌朝のTVは台北の洪水被害情報一色。台中(西側)はウィスキーを一気飲みのイトーサンほとんど影響がなかったので、全然気が付かなかったノンキなドサンコは以前の台風被害を再放送しているのかなと思っていた。
山の多い台湾では風台風も怖いが、大雨だと河川の氾濫、土石流による洪水、山崩れを引き起こし被害が甚大となるようだ。(ガイドブックによると台湾はほぼ九州と同じ大きさで、3千米を超す山が133もあるとか)

  宿の軽い朝食の後、チャーターしたタクシー到着。運転手は富春バーチャンお墨付きの王サン。富春バーチャンに再会を約して谷關温泉へ出発。山道と川沿いの道路を走るが、途中、台風の爪跡が生々しく、至る所で崖崩れや土石流による大量の岩や土砂で川が埋まる洪水の被害を目撃。復旧には膨大な日数を要し、人的被害もかなりのものと思われる。運転手の王さんは日本語はまるで駄目。ならばとエッチュウさんが「How many people die?」なんて聞いたけどキョトンとして反応なし。

  途中の休憩場所でヒゲミヤさんがビンローを買い、初めて食して(噛んで)みる。ドングリくらいの大きさで葉にくるまれたヤシの実、噛むと口の中が赤くなり、顔が火照るような感じ。一種の噛みタバコのような嗜好品といったところか。2時間余で谷關温泉に到着。ここも被害甚大で数軒あるホテルのうち川沿いにあるのは1、2階部分が水没したりで、休業を余儀なくされている。
  ガイドブックを頼りに2、3軒のホテルを当たるが駄目で、運転手の王さんが散歩途中の一見コワモテのオニ(鬼)サンいやオニーサン(顔がDMKのモンヤこと伊藤さんによく似てる)に尋ね、道路1本隔てた四季温泉へ。ここは高台にあるせいか水害の影響がなかったようだ。正に道路一本が天国と地獄の境界線。

  四季温泉の宿泊料金は1泊2食付でなんと4人で3,200元。フロントのパキパキオネーサンにクロカンさんがさらに交渉し、200元カットの3,000元(日本円で9,900円、一人当たり2,475円)で交渉成立。4人部屋に荷物を置き、昼食を注文。
  コックさんを見て驚いたあの伊藤さんによく似たコワモテのオニサン、いやオニーサンがなんとここの料理人(もしかしたら用心棒も兼ねてる?)だった。以後、彼をイトーサンと呼ぶことに衆議一決。(勿論、本人には無断で了承は得ていない)  台湾ビールと炒飯、スープの昼飯。これがまたなかなかうまく、空腹を満たしてくれる。

  この四季温泉はオープンしてから2年ということで、建物も新しく外観も南国調。何よりもいいのは台風被害で道路事情も悪いせいか、宿泊客が我々のみ。
  温泉は傾斜を利用した段々畑ならぬ段々湯、1階の湯は屋根付だが回りは柱があるだけの半露天風呂、他に打たせ湯、蒸し風呂、ジャグジー有り、2階と3階に相当する風呂は完全な露天風呂。特に3階の露天風呂はサイコー、打たせ湯もあり。この打たせ湯は特に強烈で水圧で体が押し出されるほど、温泉は無色透明、熱からずぬるからずの適温。

  道路事情で野湯が駄目になったので、午後からは四季温泉の露天風呂を堪能。天気も入浴には最高の曇り空。グッドグッド、ゴクラクゴクラク、カンロカンロ、ツルカメツルカメ、ナンマンダブナンマンダブ・・・??  フロントのオネーサンが、お茶を飲ませてくれるということでしばし休憩。
夕方、谷關温泉の街を散策するが、小さな温泉街で通る人も車もなく閑散としている。風呂に入るには水着と帽子着用が原則のため、エッチュウさんが雑貨屋で水泳帽を購入。30元だが小銭が足りなく29元にまけてもらいニコニコ顔。(昨日といい、今日といい、今回の旅行はオモライミステリーツアーの様相)

  夕食はイト−サンが腕を振るった肉、野菜が豊富な台湾料理で、ウイスキー、紹興酒を飲みながらの豪華なディナー。途中からパキパキオネーサンと桑酒持参のイトーサンが加わり座が盛り上がる。無口なイトーサン、グラスになみなみ注がれた強いウイスキーを三口位で飲みほす酒豪。
夜はまた、露天風呂に。風呂管理担当のオジサン、これがまたDMKのジダイヤこと野口さんに感じがそっくり。以後、彼をノグチサンと呼ぶことで衆議一決。(これも本人には勿論無断で了解は得ていない)

 風呂上りにフロント係のオジサンが何かの植物酒(菖蒲酒?)をふるまってくれるが凄くきつい。残りをビンごと持ってゆけというが、さすがに皆手が出ず遠慮。付近で取れたのか大きな生きてるクワガタ虫を見せてくれ、孫に見せるとヒゲミヤさんが記念撮影。部屋に戻り、寝酒ビンロー代わりにエッチュウさん持参のインスタント味噌汁(豆腐?)を飲んで2日目も無事終了。

  9/13(3日目) 谷關温泉→廬山温泉
  朝露天風呂へ。風呂係のノグチサンが気を利かせてくれ、打たせ湯全開、新しい湯で気持ちがいい。ここ四季温泉は山間地の田舎にあるせいか、従業員が皆素朴で人がよく、くつろいだ気分にさせてくれる。是非、また来たいホテルの一つ。別れを惜しみオネーサンとノグチサン一緒で記念撮影。無口なイトーサンは仕事が忙しいのか、そういうのが苦手なのか顔を出さなかった。

  チャーターしていた王さんのタクシー到着。谷關温泉→廬山温泉→花蓮市への東ルートは不通ということで来た道を迂回して廬山温泉へ行くことに。昨日なんでもなかった四季温泉そばの橋付近の道路が半分近くずれてなくなっており肝を冷やす。
  分岐点を左折し、昨日とは異なり山道ばかり、道路脇にはビンローの木が林立。途中埔里の町の金都餐店という高級店で昼食。焼きビーフン、野菜の炒めもの、スープ、いろいろでたがみなうまかった、台湾で食事をした中では一番高価(約1,400元)な食事となった。

  霧社の町を経由して3:30に廬山温泉着。ここも山間にある旧い温泉街で道路両側に温泉宿が並び、客の呼び込みも。狭い道を回り宿探し。台風の被害はあまり見当たらなかった。結局一番大きな天廬大飯店に決定。

  部屋の交渉に入るがフロントは若い女性で日本語は通じず、売店担当のチーフらしき少し日本語の分かる中年の女性が通訳(?)してくれる。4人部屋で3,010元。(端数の10元は何か不明)
  海抜の高い温泉地(1,300m)のせいか部屋にはエアコンなし。でも涼しく丁度いい気温。ホテルは団体も受け入れる大きな温泉宿で、我々の後から何かの団体が大挙して到着。

  温泉は野外で4種類の露天風呂、プールも備え、日帰り入浴、日帰り水泳客も受け入れてるようだ。  ただ、湯好会で鄙びた温泉になれているため、大人数を受け入れる施設はなんとなく違和感あり。 温泉や設備の管理もいまいちで、研修を終えた団体がどっと来たため退散。

  夕刻、食事がてら温泉街を散策することに。手始めに宿のロビーにある土産コーナーのお茶の品定め。先ほどの中年女性がお茶の接待をしてくれながらいろいろと説明。何杯も注いでくれるので食事前に「茶腹も一刻半」(ちょっと飲み過ぎ)。町をブラブラ、ここの温泉街も閑散としていた。

  土産物店の高砂族のお茶オバサン(以下コマルオバサン)の呼び込み。
街の外れまで歩いても10分足らずの距離、コマルオバサン推奨の食堂へ。身振り手振りのボディランゲージと食材を指差して注文完了。これまでに食べた台湾の料理は総じて味は薄味、高温多湿の国というイメージあり、食べ物も香辛料を効かせたものが多いのかなと想像していたがそうでもない。ヒゲミヤさん持参の醤油と塩が大いに役立つ。

  食後、お土産店に戻り、コマルオバサンからお茶の接待を受けながら価格交渉。定価2,500元(300g ×2個)を半額の1,250元(もともとの定価?)にするというのがスタート。攻めるはクロカン、ヒゲミヤ、エッチュウの3氏。守るは高砂族のコマルオバサン。ドサンコはポケっと傍観、レフェリー役を決め込む。
  コマルオバサンの口癖は「ワタシコマル」(これが名前の由来)「オカーサン(自分のこと)カワイソー」と言いながら3人と丁々発止と渡り合う。最後は4人全員が買うということが決め手となり1,000元で妥結。廬山温泉で繰り広げられた日台お茶戦争は、我が日本側の優四季温泉の玄関勢勝ちに終わったと思われる・・・が、コマルオバサンもニコニコ顔でちっとも困った様子は見受けられない。

  ホテルに戻り、また、売店のお茶コーナーで第2次日台お茶戦争の勃発。3人対1人の戦いが繰り広げられる。ドサンコは又もレフェリー役を気取り傍観。こちらのチーフの女性もなかなかの強者で、3人の攻撃をハッシと受け止め、時にはヒラリと交わす。少しまけさせることに成功するが、完全勝利とはいかず観戦者いや レフェリーの判定は引き分けというところか。
  もう一度温泉街をブラブラ、温泉の蒸気でゆで卵を食べさせるところあり、自分たちでゆでスプーン食べる。やはりその土地にいったら、その土地にあったものを食べるのが一番。こうして3日目の廬山温泉の夜も静かに更けていく・・・筈も皆のイビキがうるさい。

   9/14(4日目) 廬山温泉→台中→台北
  明日は日本に戻るので、実質的には今日で台湾ミステリーツアー温泉めぐりは終了となる。朝食後ホテルの温泉に。朝風呂という習慣がないのか、また、研修が始まったのかあの大勢の団体客の姿は見えず、入っているのは我々だけ。湯はぬるく朝風呂を浴びた爽快感にはほど遠い。帰り仕度もあり早めに切り上げ。約束の時間にロビーに行くとタクシーの王さんが待っていた。

  これで廬山温泉ともお別れ、旧い温泉のようだが斜陽の感が否めない。訪れる客もだんだん少なくなり、日本人は年に数えるほどとあのコマルオバサンが言っていた。本来なら花蓮市に抜けるのだが、道路不通のため台中に戻り台北に行くことに。途中、タクシーを止めてもらい、最大の目的である野湯に入るべくクロカンさんが地図片手に地元の人に確認するが、地震で駄目になったとかで断念。

 霧社で車を止め霧社事件(※)の記念公園に立ち寄る。鳥居のような門があり、事件の首謀者の銅像があるが、事件も風化したのか訪れる人も少ないようだ。
埔里の町では王さんが気を利かせてくれ、紹興酒の酒造所に車を止めてくれる。観光バスコースの休憩所も兼ねているようだ。

  チャーター3日目、運転手の王さんが気をつかい、1日目はミネラルウォーター、2日目はビンロー、3日目の今日はここでソーセージドッグを買って皆に渡してくれる。エッチュウさん 「これは苦手なんだよ」とブツブツ。王さんの前では食べる振り(実は口に当てただけ)、目を離したすきにゴミ箱へポイ。ひもじい時代を経験した我々は食べ物を粗末にしてはいけません。

  館内は観光客用の土産物店がいっぱい。2階が酒造の見学所になっていたが工事中。紹興酒漬の試食コーナーはあったけど、紹興酒の試飲コーナーがなかったのが皆の大いなる不満だった。
論語にもあり、「子曰く、食満ち足りて酒足らず、亦悲しからずや」

  後はビンロー街道をまっしぐら、台中駅に13:10分着。3日間我々を送迎してくれた王さんともお別れ。時間もなく富春バーチャンとの再会も果せず。台北行きの特急は13時23分発、あわただしく切符を買いホームへ。
  昼飯の駅弁を買おうと売店へ。ところが3個しかなく1個は隣のホームの売店から取ってくるとのこと。列車は到着し発車のベルは鳴るし大いにあせる。なんとか間に合い駅弁4つをゲットし、間一髪で自強号に飛び乗る。この列車は台湾の誇る全座席指定の特急ジーゼル列車。

  駅弁(60元。198円 )は、何の印刷もない白い簡単な厚紙容器に入ったカツ煮込みと野菜がご飯の上にのかった素朴なもの。なにか昭和20〜30年代にタイムスリップしたような駅弁だったけどこれがうまい。一緒に買ったお茶は甘く砂糖茶のようなもの。台湾のお茶は総じて甘く日本人にはなじめない。クロカンさんが「日式」と表示されたのでなければと駄目出し。

  列車はひた走り16:00台北着。さすが台湾随一の街、台北駅の建物はとにかく大きく圧倒される。これまで涼しい山の温泉にいたせいかとに角暑い。
クロカンさんがホテルへ予約の電話をしている最中、駅の外で涼んでいると牛乳を飲みながら近づいてきたオジサンが日本語で話しかけてきた。エッチュウさんが思わず「あっ、ミッコ」と言ったくらいそっくり。(本人より似ていた?)  暫しそのミッコオジサンと日台台風談義。

  宿泊は西門町(ガイドブックには台湾の地方の若者があこがれる一番の繁華街とある)の一楽園大飯店。さすがシティホテルのせいか2人部屋が2部屋で4,800元(計15,840円  それでも1人4,000円弱)。早速ヒゲミヤさんが2部屋の割り振りをアミダクジ、ヒゲミヤさんとエッチュウさんがA部屋、クロカンさんとドサンコがB部屋。台中と同じ組み合わせだが、今度もB部屋がエー。

  一休み後、西門町を散策し、地下鉄で龍山寺(ロンサンスー)へ。極彩色のきらびやかな本殿には本尊の観音菩薩の他に万という神様仏様が祀られているというから、ご利益あらたかなのは間違いなし。長い線香を立てのお参りの仕方を習い、旅の無事を祈願。
  心の広いドサンコは、さらに人類の発展と世界平和、地球の繁栄を願う・・・嘘つけって、ハイ、心の狭いドサンコはもっと個人的なタナボタ式のさもしいことを祈願しました。
  境内は人で混み合い寺の外壁に向かって座り、一心に祈りを奉げている人も多く、台湾人の信仰への厚四季温泉のフロント係が見せてくれたオオクワガタさ深さには敬服。無料のおみくじを引いたら上吉(日本では大吉?)とあり。

  華西街観光夜市をブラブラ、雑多なものが売られ見るだけで楽しい。クロカンさんが晩飯に蛇料理でも食うかと言うが、誰もシラーとして返事をしない。
風がまったくなくとに角暑い、冷房の効いた店に入ろうと歩き回るがなかなか見つからない。ヒゲミヤさんが大衆的なしゃぶしゃぶ屋を見つけ店内に入ってホッ。ベースの具(野菜類)が決まっていて、それに肉等を追加するスタイル。メニューから神戸牛を選ぶが出てきた肉を見て、皆の意見はアメリカ産かオーストラリア産の自称コーベギューだろうと一致。羊頭狗肉とまでは言わないが、看板(メニュー)に偽りあり。

  店のオネーサンが身振り手振りで入り口の方を指差すが意味分からず、あきらめて付けタレを持って来てくれた。どうもお好みのタレを各自選んで持ってこいと言っていたらしい。しゃぶしゃぶの後は、ご飯と卵をもらい残りのスープでクロカンさんがオジヤを作る。塩のみの味付けだったが(胡椒がなかった)、あっという間になくなった、うまい! 勘定はヒゲミヤさん持ち・・・ご馳走さま。
ただ、勘定に追加したビール代金が含まれていなかったようで、気が付いたエチュウさんとドサンコの二人は何故か急いで店外へ。

  華西街夜市を見たついでに、台北最大の夜市も見ようと地下鉄に乗り士林へ。華西街夜市が観光用なら士林夜市は台湾人も利用する生活密着型の夜市? 人が多く、売る人、買う人、それに行き交う人々。台湾人のバイタリティーを垣間見みた感じ。
  ホテルへ戻り向いの食堂で台北最後の夜を惜しみ紹興酒で乾杯、暫し歓談。時計はとうに零時を回っていた。

    9/15(5日目) 台北→成田
  いよいよ旅行の最終日。今日は台湾初めてのドサンコのため台北市内を観光ということに。まず手始めにヒゲミヤさんとエッチュウさんの持っていた旧元紙幣を新元に替えようと台湾銀行へ。(普通の銀行では交換できない)
さすが台湾の首都 台北は大都会、漢字だらけの看板や表示をみなければ東京の都心と変わらない。電信柱や電線がない分(地下に埋設)、はるかにすっきりしている。

  地下鉄に乗り台正記念公園へ。公園広場も大きく蒋介石の威光は衰えずというところか。駅そばの228和平記念公園(※)で休んでいるオジーサンにクロカンさんが話しかけるときれいな日本語で返事が帰ってくる。あまり日本語を話す機会がなくなり、日本語で話すことが楽しいような雰囲気が伝わってくる。

  肯定と否定の形容詞を取り違えたり、変な日本語を平気で使う今の日本人にこの228ジーチャンから日本語を習わせたい。(台湾の5日間はゼンゼーン楽しかった・・・ドサンコも正しい形容詞の使い方を228ジーチャンから習う必要あり)
  台湾の228事件(私はまったく知らなかった)について、当時のことをいろいろクロカンさんに説明していた。時間がなく国立故宮博物館はパスし、国立歴史博物館を駆け足で見学。

  昼近くにホテルに戻り、向いのラーメン店で台湾最後の昼食。台湾でラーメンを食べるのはこれが初めて。ホテルに戻り荷物をパッキング、タクシーで空港行きのバス乗り場へ。途中、世界一高いというビル台北101が四季温泉露天風呂見える。台北市内を出たあたりから猛烈な雨が振り出す。疲れからか後は飛行機に乗るのみという安堵感からか、皆こっくりこっくりで、バスに乗って舟を漕ぐといった状態。

  空港でちょっとしたハプニング。飛行機の発着場が第二空港駅、が第一空港駅に降りてしまった。すぐにタクシーに乗り第二空港へ、余裕でセーフ。
ここで会計を清算。約2,000元の残で1人当たり500元をバック、結局飛行機代を別にして4泊5日の全行程は1人6,500元(21,450円)で上がったことになる。これならちょっとした国内旅行より余程安上がりということに。

  飛行機は定刻15:15に飛び立ち一路成田へ。ここで時計を日本時間に合わせるべく1時間進ませる。帰りの飛行機もほぼ満席、全員、また、飛行機に乗って舟を漕ぐ。19:30 台湾の楽しかった夢から覚めると現実の日本に。預けた荷物を受け取る時、自分のバッグを見逃しクロカンさんがピッキングしてくれる。
マラソンの給水場ではないが、似たような色、形のものが多い。何か目立つものを付けておくのが素早く見つけるコツと認識。今度はDMKの緑のタオルでも縫い付けておくか?バス乗り場で自家用車組の3人と別れ、帰途は横浜行きのリムジンバスに乗車。混雑もなく順調 23:00帰宅。

  ◎台湾ミステリーツアーの総括
  あっという間の5日間。目的の一つだった野湯が台風被害の道路事情で断念したが、なお余りある楽しい旅行でした。お世話になった同行のご三方には改めて謝謝(シェ シェ)。また、台湾で出会った人達、再見(ツァイチェン さようなら)&再見の字の通りまた会いましょう。

  湯好会積立を台湾湯好会積立に変更しようという声も出るほどで、次の台湾行きが楽しみです。
最後に論語をもう一つ「子曰く、台湾よいとこ一度はおいで、酒はうまいしネーチャンはキレイだ、これ亦楽しからずや」

  ○泊まったホテルと行った食堂の印象(評価は省略。文から察せられたし)
   ・富春大飯店・・・台中駅の真ん前。建物は旧いがそれなりに宿泊費は安い。富春バーチャンで持っている感。
   ・台中の食堂・・・餃子がうまかった。一時代前の扇風機がグー。屋台で食べているような開放感もよい。
   ・四季温泉・・・建物も新しく温泉も良かった。従業員の素朴で親切な接客態度もグッド。又行きたい温泉で皆からも好評の温泉宿。
   ・金都餐店・・・今回の旅行で利用した一番の高級飲食店。確かにうまいが値段もそれ相当。
   ・天廬大飯店・・・団体も収容可能な大きな温泉宿。温泉はイマイチ。部屋はソファーが簡易ベッドになりよかった。
   ・廬山温泉の食堂・・・コマルオバサン推奨の食堂。炒飯、スープうまい。
   ・一楽園大飯店・・・台北の繁華街西門町にあるシティホテル。立地よく台北の拠点としてはうってつけ。
   ・華西街のシャブシャブ店・・・値段は手頃、味もまあまあ。コーベギューは減点対象だが、店内にエアコンが利いてたのがよかった。
   ・一楽園前のラーメン屋と一杯やった食堂・・・トマトの入ったラーメンを食べたが意外にいけた&紹興酒を飲みながら語らった食堂。

  ○台湾で出会った人たち
   ・富春バーチャン・・・台中富春大飯店の85歳の日本語ペラペラの大女将。富春大飯店を切り盛りした風格がただよう。
   ・運転手の王さん・・・もの静かで誠実そうな50歳くらいのタクシーの運転手。運転技術もなかなかで、安心して利用できた。
   ・坑(カイ)さん・・・四季温泉のフロント兼経理の女性。明るく如才ない35歳のオネーサンで皆の評判も上々。
   ・イトーサン・・・本名不詳。48歳の四季温泉の料理人。DMKのモンヤこと伊藤さんにそっくり。無口の酒豪、気は優しく力持ちという感じ。
   ・ノグチサン・・・DMKのジダイヤこと野口さんを感じさせる四季温泉の温泉管理担当。おだやかな60歳位のオジサン。
   ・コマルオバサン・・・我々と同年代(?)のお茶オバサン。ちょっぴりおまけしてくれたがなかなかしたたかという感。コマラナイオバサンに改称。
   ・ホテル売店の女チーフ・・・感じはおとなしそうだが商売熱心。値引き交渉には耳を貸さない。
   ・台風談義のミッコサン・・・台北駅前で話しかけてきたミッコさんそっくりのオジサン。立ち話だったので残念ながら写真はなし。
   ・228公園ジーチャン・・・228公園入口で出会った正調日本語を話すオジーチャン。日本統治時代の話をしてくれた。(’04/10/10 カイサク記)

※ 注 ・霧社事件・・・1930年日本の高圧的な植民地政策に反抗して、山岳民族タイヤル族の住民が蜂起した日台歴史に暗い影を残す事件。
        ・228事件・・・1947年2月28日 本省人の外省人に対する不満がデモに発展、これを蒋介石(外省人)が武力鎮圧した事件。
       (いずれもインターネットのHP等で詳細を知ることができます)

エッチュウさん<台湾ミステリーツアーの真実>
  ドサンコさんの旅行記はユーモアたっぷりにしか書かれていませんが、ほんとうは怖い、二度と味わえない様なミステリーツアーだったのです。
  それは・・・・
  ・富春旅館のいつ止まってしまうか解らない冷えないクーラー。
  ・絶対迎えに来る・・という保証のないタクシーを陸の孤島のような所で待つ恐怖。
  ・イトーサンが作ったちょっと怪しげなお酒!飲まないと叩かれそう。
  ・急いで買った何が入っているか解らない駅弁。
  ・何を煮たのか解らない屋台の食事。
  ・切符の買い方が解らない地下鉄の入り口。
  ・カサカサに乾いた骨を拾ってきて、ガリガリ囓っている野良犬。
  ・運転手が買ってくれた串刺しのお肉。
  ・お茶の試飲でブカブカになったお腹。
  ・かすめて通った台風。
  ・一番怖かったのは、みんなで、かいてる ”大いびき ”
  みんな恐怖と戦いながらの5日間でした。(04/10/11 エッチュウ補足)


 ● DMK湯好会 薩摩・日向秘湯紀行  ('04.5/15〜17)

エンチョウさん 新緑がまぶしい。汗ばむことはあっても、いったん木陰の下に入れば、たちどころに汗は引いていく。一年で最も清々しい季節。待ちに待った薩摩・日向秘湯旅行が始まる。
 5月10日の集会で幹事のヒゲミヤさんから行程表と集合時間などの説明を受けた後、ドライバーにはエッチュウさん、ドボンさん。会計にはアロタツさん。紀行文はエンチョウが指名を受ける。同乗者の組み合わせなどもあり、はずんだ会話の中からも、すでに旅行は始まっている。さあ、残るは天候次第。幸運に期待しよう。
さくらさくら温泉前で
 平成16年5月15日(土)
 羽田空港ロビーには定刻どおりメンバーが顔をそろえた。クロカン、ヒゲミヤ、エッチュウ、アロタツ各ご夫妻。ドボンさん。ドサンコさん。アロイさん。そしてエンチョウの12名。 午前8時の出発は、この時間に搭乗手続き。8時30分に離陸。鹿児島空港到着後、レンタカーの借用手続きを経て出発したのが10時45分。予定時間より約1時間程遅れている。 先導車には口達者な初老? に近い男6人、ドライバーはドボンさん。後続車はこれまたお色気たっぷりなグレースの4人を含めて、ドライバーはエッチュウさん。
 飛行場に沿って南下しているうち心配をしていた大粒の雨が落ちてきた。見上げる雲の流れは速い。予報が適中してしまったのか。これからの不安がよぎる。

  櫻島SAを過ぎる頃、雨脚は一段と激しさを増してきた。指宿スカイラインのゲートに入る時には小降りとなって局地的な降り方を示している。今日のルートを幹事・添乗員のクロカンさんからアロイさんにカーナビの設定を指示。ルートに沿って制限速度80キロのところを快調? に走行。覆面パトカーなんぞなんのその。停止させられ罰金となれば同乗者全員で負担。とまで話しはまとまる。気を良くしたドライバー、瞬間的にはゆうに110キロだった。

 知覧ICから市内に。正午に近い。昼食は七段重ねの〈だったんソバ〉を賞味。箸休めの大根の薄切りにトウガラシをたっぷり振りかけて満足。満足。
 * だったん = 蒙古民族という意味 ?  要解釈。

 食後には散策がよく似合う。薩摩の小京都といわれた知覧武家屋敷に向かう。現在では7棟が開放されており、最初にアジサイに似た5弁のニオイバンマツリの甘い香りに誘われて森 重堅邸に。池泉式による築山とイヌマキやツツジによる生け垣の遠山の表現がすばらしい。 佐多民子邸は庭園が南面にむいているためか明るく感じる。どこの武家屋敷にも共通したことなのだが、門から玄関口まで直線ではなく鍵型に曲がる。この邸宅だけは門を入った石垣の後ろにしめ縄を張った小さな鳥居と自然石でできた「屋敷神」を祀っていた。

 知覧と申せばやはり[特攻平和会館]であろう。昭和20年8月15日に終戦を迎えるのだが、4月25日以降の出撃が大変に多くなっている。過日、小泉首相、この会館を訪れ、涙した光景が報道されたが、父母や妹にあてた手紙を読むと胸が熱くなる思いである。
 達筆な手紙にシミがついているのは、涙しながら書き留めたものなのだろうか。あと、4か月生き延びてくれればと思うと残念でならない。
 すでに、3時を囘っている。これからが今日のテーマである苦行の始まりなのだが。霧島第一ホテル前で

 最初に向かったのが、「開聞温泉」。市内からはずれるため、カーナビがあてにならない。この時、有効なのが豊富な資料にもとづくクロカンさんの《感ナビ・カンナビ》。資料を見てはアロイさんに指示。ようやく温泉を見つけだす。ここの温泉、源泉は49.5°含塩化土類弱食温泉とかで茶色一色。浴槽の温度は42°・
43°程、透明度は10pしかない。塩分を含んでいるものの体へのベタつきは感じられなかった。

  クロカン添乗員の説明では、海岸近くの砂浜から65°ほどの温泉が沸き出しているという。カンナビを利かしてもなかなか見当たらない。土地の方に聞いてみると案内するとのこと。地獄で仏とはこのことか。しかし、駐車場となった場所は納骨堂の前。ここはやはり黄泉の国の入口なのか。海岸に降りて行った添乗員が戻ってきた。現在は満潮。明日の11時頃に干潮となり砂湯が現れるという。全て、明日に期待をしよう。

 この時点で4時をとうに過ぎている。どうしても、もう一ケ所入浴の計画。5時まで入湯可能な「山川天然砂蒸温泉」に急ぐ。 期待が叶って5時30分までゆっくり入湯ができ、最後の一組として退場する。今宵の宿、指宿フェニックスホテルに到着したのは6時を回っていた。

 平成16年5月16日(日)
 昨夜は蒸し暑かった。部屋の床や壁なども湿っている。窓越しに見る空は今日も厚い雲が流れていく。どうにかもちこたえることを念じつつ9時に出発。
 最初に「うなぎ温泉」に向かう。この温泉、山あいの小さな湯治場なのだが、前面には巨大な鰻が棲息するという鰻池のほとりにあり、集落のあちらこちらからは数多くの噴煙が立ち上っている。自宅の裏角にというものある。温泉には有志が入湯。残り組で〈ゆで玉子〉ならぬ〈蒸し玉子〉をつくる。蒸しかげんは20分でできた。朝食後まだ1時間たらずなのに、あっという間に別腹に治まってしまった。また、同じように蒸したサヤエンドウも美味であった。

 次に、イッシーで名をはせた池田湖に立ち寄る。日曜日というのに人影もまばら。朝が早いことや風が強いことを差引いても観光地としてはさびしい。
 指宿スカイラインへの途中、頴娃の町でお茶を求める。静岡茶に比較をすると渋みがなく甘味さえ感じる。このあたり見渡す限りの茶畑。トラクターに似た摘取り機が稼動している。今は二番茶になるのだろうか。瑞々しい茶葉一枚一枚が雨にぬれていた。

  再び、指宿スカイラインに入り隼人ICが出口。霧島温泉に向かって国道223号線に沿うのだが、この国道、温泉街道ともいうべきか新たな温泉名が現れてはまた消えていく。 雨の降り方が激しくなってきた。脇を流れる天降川はその名のごとく、水嵩を増し奔流となって岩にぶつかる。添乗員曰く、このあたりの妙見温泉、安楽温泉、塩浸温泉には野湯があるというのだが。この雨ではとても外など出られない。望みを明日に託そう。

 えびの高原への分岐点にあたるレストランで昼食。せっかくの機会だからと〈黒ぶたのシャブシャブ御膳〉とあいなる。相当のボリュウム感があった。
 昼食中、さすがの大雨も上がったようだ。今日の宿への分岐路を通過して「サクラサクラ温泉」に向かう。このあたりすっかり感ナビの効果範囲。すぐに見つかる。 この温泉、別名「泥湯」。一度温まり、石の箱に入った泥を全身に塗り、10分程乾燥させて再び入浴すれば肌はツルツル保温力バッチリというのだが、これを裸になったジーメンたち全身にぬりたぐってはいるが、リアルで滑稽に見える。さてその効果は?

 体はまだぬれている。ここで、添乗員、どうしても野湯に入りたい。この辺りというのだが、指導標は草木の影で見えにくい。先導車の6人、一点に集中する。すると山からペア組みが下りてきた。聞けば野湯があるという。添乗員の目の色が変わった。急げ。

 車道より少し登った岩影にあった。脇の沢は白濁の激流となっているのだが、いち早く裸になったヒゲミヤさん、クロカンさん、ついでアロタツさん、岩をどけ、砂を払い入浴の準備をする。しかし、湧き出す温泉は相当熱いとみえ悪戦苦闘の連続。そのうち数人が入ったものの、とっぷりとというわけにはいかなかったが、目的達成に満足、満足。 本日の宿は霧島第一ホテル。今日の行程を記録しておこう。

 
 秘湯旅行も今日が最後の日となった。今朝は昨夜からの雨も上がって薄日が射し始めた。 この部屋からは櫻島が真正面に見えるのだが、今は裾野が霞んでいる。錦江湾に島陰が4つ程、このあたりは隼人町か。
 朝食がすんで、今日の行程についてクロカン添乗員から、昨日、通過してしまった「妙見温泉」にグレース4人の方々を、ジーメン8人は近くの「和気温泉」で入浴との説明を聞く。
 妙見温泉・石原荘、さすが女性好みといった感じのする静かな温泉宿。ところで男性の姿が見えない。どなたか見た?

 ジーメン全員で和気温泉に向かう。狭い山道を登っていく。石原荘は遥か下に見える。こんどは小さな指導標に導かれて下ること数分。ついに念願叶って川岸に見つけた。湯の質はこれまでになく柔らかい。石組みされた浴槽の脇からも下からも湧出してくる。温泉度は40°ほど、エンチョウだけはニコニコだが、ほかのジーメンには少し温度が不足らしい。
 この温泉は、まったくの個人所有の野湯。昔、和気清麿呂が腰掛けたという大きな石には注連縄が掛けられている。また、坂本竜馬とおりょうさんが、新婚旅行で入浴したとの伝説が残る由緒ある温泉なのである。

 グレースの方々と合流、感ナビをきかせながら走るのだが、なかなか次の目的の野湯は見つからない。地元の方の好意により案内をお願いする。すると見つかった。 通過した道路の下にあった。すでに地元の方が先客として入浴中。道路の下を刳り貫いて浴槽がつくられ、もう一つは川岸に野湯。相当の高温に見える。先客の説明では道路下の浴槽は県。この野湯は国交省の管理だそうだ。

 昨日から同じ道を4回往復して霧島神宮に向かう。神宮参拝の予定であったが、車中より手をあわせる。このあたりから、雄大な高千穂の峰が望めるはずだが、今日は裾野のみ。樹林の間を快適に飛ばし続けるとパット展望が開けて水田地帯になった。大きな指導標に沿って本日、最後の入浴となる「極楽温泉」に到着。

  ここの温泉、別名「サイダー温泉」。まさに小さな気泡が体についてサイダーの中に浸っている感じさえする。試飲してみれば、多少の鉄分を含んでこれまた美味。炭酸そのもの。 浴槽には先客がひとり、すぐにうちとけて、どちらの方面からですか。との問いに、東京と神奈川ですと返答すれば、先客の方、40年間神田司町に勤め、定年になったのを機会に妻の実家である宮崎市に転居し、今はこうして温泉三昧の毎日という。生まれ年が昭和15年とも重なってより親しみ感を受けた。 駐車場に戻ってみると正面に韓国岳  1700m(からくにだけ)とその連山が望まれる。 すでに3時30分を過ぎている。宮崎空港まではこれから2時間弱を要する。急ぐことに。

 宮崎空港には5時に到着。搭乗までには若干の時間がある。大番頭の清算後、還付金までいただく。知覧武家屋敷で
 思いで多い3日間にわたる秘湯の旅は終わった。心配した雨も一時期を除いてほぼ曇り空であった。こうして旅行をするたびに思うのは綿密な計画と情報量、そして行動力である。自ら幹事として添乗員・感ナビの任にあたってくれたクロカンさんと、いかに会費性とは申せ影・日向となり助成いただいたヒゲミヤさんとクロカンさんの協力を見のがすことはできない。この紙面を借りて厚くお礼申しあげたい。

 また、好きな飲み物も口にできず、体力を消耗したであろう? ドライバーのドボンさんにエッチュウさん、大番頭のアロタツさん、カメラ担当のドサンコさん、カーナビ担当のアロイさん、そしていつも笑顔の絶えなかったグレースの方々、休憩の度に一服の清涼剤のようであった。

 今、こうして紀行文を草稿し終わってみると、次はどこに?と期待が大きくふくらんでくる。
 参加したメンバー、また、参加できなかったメンバーも加えて、ますます健康でいつまでも同行できることを祈念してペンを置くことにいたしたい。(’04/05/20 エンチョウ記)
 コースタイム

  平成16年5月15日(土)
  ・羽田空港 7.00am ・離陸 8.30am ・鹿児島空港 9.55am ・レンタカー手続き10.20am ・出発  10.45am ・指宿スカイライン出口 11.15am ・知覧IC  11.45am ・昼食〈だつたんソバ〉11.50am〜12.45pm ・知覧武家屋敷  13.00pm〜14.00pm ・知覧特攻平和会館  14.05pm〜15.00pm ・開聞温泉開聞荘  15.40pm〜16.25pm ・浜児ヶ水温泉 16.40pm 日本一安い温泉。・山川砂蒸し温泉  16.50pm〜17.35pm ・指宿フェニックスホテル  18.15pm  
  平成16年5月16日(日)
 ・指宿フェニックスホテル  9.05am ・うなぎ温泉  9.20am〜10.00am 蒸し玉子 ・池田湖   10.20am〜10.30am ・頴娃えい製茶店  10.55am〜11.25am ・櫻島SA  12.15pm〜12.30pm ・安楽温泉  13.00pm ・霧島市内昼食  13.40pm〜14.55pm ・さくらさくら温泉  16.05pm〜16.55pm ・目の湯 17.15pm〜17.50pm ・霧島第一ホテル  18.00pm
   平成16年5月17日(月)
 ・櫻島第一ホテル 9.05am ・妙見の湯、和気の湯  10.10am〜11.10am ・道路下の野湯  11.15am〜11.35am ・竹下宅の湯  12.10pm〜12.35pm ・霧島高原昼食 13.10pm〜14.10pm ・霧島神宮 14.30pm ・極楽温泉  14.50pm〜15.35pm ・高原IC   15.45pm ・山の口SA  16.00pm〜16.15pm ・宮崎空港17.00pm ・離陸  18.50pm ・羽田空港  20.20pm ・解散  20.40pm

エッチュウさん  「韃靼そば」
   先日のエンチョウさんの湯好会の旅日記にありました、だったん蕎麦の解説です。韃靼そば

●だったんそば(韃靼そば)はロシア、バイカル湖付近のだったん人(モンゴル系遊牧民族)が海抜1,500m − 2,000mの高地で、貴重な栄養源として古くから栽培、常食していたことから名づけられました。
 だったん人は昔から病気知らずな人が多く、その秘訣がこのだったんそば(韃靼そば)なのです。

だったんそばは日本では別名「にがそば」としても親しまれていますが、栽培地域が限られているため今でも珍種のそばです。
 だったんそばの語源・・・中国語で「韃靼」と書き、「韃」はムチ、「靼」はなめし革の意味で、騎馬民族を表し、これはモンゴル族のことで、そこから、モンゴル原産地説もある。

 だったん蕎麦の主産地は、中国雲南省、チベット、ネパールなどの高度2000メートル以上の山岳地帯で多く栽培されています。
そば粉は、普通のそば粉と違って黄色い色をしていて、苦みがあります。非常に身体に良く毛細血管の強化、脳卒中・高血圧・高脂血症・糖尿病・肝臓の予防に非常に効果の  あるルチンが普通のそば粉より多く含まれています。(04/05/28 エッチュウ記)


● DMK湯好会 古代檜風呂と天ぷらのてんこ盛り  ('04.3/6〜7)上塩原温泉ご一行

イシコGさん  那須の鹿の湯は吹雪いていました。
かじかんだ手足も人の少ない湯船でゆったりと伸ばしていい気持ち。心も体もリラックス。

  塩原まで戻り、さて------お昼です。もちろんそば屋でございます。
男の方は一升盛りに、お酒少々。我がG達は五合盛(何人前?)にお酒もちょっと貰って ”ひとなめ”。
「天ぷらも食べたいね!!」「食べちゃおうか!」 で三人前を注文。出てきた天ぷらは三人前はお皿が見えないほどのてんこ盛り。エビ、なす、カボチャ、サツマイモ、舞茸、椎茸、ウド・・・・・・・の12種類が一人前。みんな目が点になっちゃいました。

 男の方にお分けして、美味しくいただきました。が、会計さん高くてゴメンナサイ!!。ちょっと反省したG達でした。
最近G達もあちらこちらと故障続きですが、食欲は故障なしでございます。天麩羅のてんこ盛り

 今日の宿は「湯の幸」、五〇〇〇坪の敷地、山から引いてきた滝、池にはイワナ(ちょっとでぶっちょ)がスイスーイ。お風呂は樹齢2千年の古代檜で贅沢に造られ、湯桶も湯イスも古代檜で大変清潔です。澄んだ掛け流しにひたれば、檜の正目が足の裏からとても気持ちがいい。 お部屋もゆったりで、食事も美味しく、満足の宿でした。

  帰りには湯西川温泉にまわり、お昼はもちろんおそばでございます。平家そばの「志おや」さんで、どぶろくもちょっといただいて、そして皆様買い求めて帰りました。

い〜い湯と美味しいものを食べて、楽しい旅でした。今回も楽しい旅をありがとうございました。思いついたままに・・イシコGでした。(04/03/19 イシコG記)


● 新春 ヒゲミヤ荘 鹿刺 牡丹鍋 &温泉の集い  (H16-1-10,11)

アロタツさん  ヒゲミヤ荘参加の皆様お疲れさま、有難うございました。
クロカンさん 野牧さん 鹿刺し、ぼたん鍋の提供ありがとうございました。新春の集いの皆さん

  ヒゲミヤさん、クロカンさん、ミッコさん、ドサンコさん、エンチョウさん、シオジイさん、野牧さん、アロタツ8名参加。
東京組は1/10日a.m.8.00にクロカンさん駐車場より出発。神奈川組はドサンコさん、エンチョウさん電車、バスにて宮澤荘へ。

  渋滞の都心を抜け、東名高速から一路箱根宮澤荘へ・・・。
10.20分御殿場着 今回はクロカンさんの友人 野牧さん「狩猟家」が、参加 鹿刺し「ニンニクと醤油で食す」と猪鍋、通称ぼたん鍋を皆にご馳走してくれるとの事で、早速食材調達のためダイエ-へ。春菊、椎茸し、ごぼう、生姜、にんにく、白滝、大根を仕入れ宮澤荘へ。
食事には時間も早いので、一先ず温泉へ何時入っても気持ちいいなぁ・・・。掛け流しの宮澤SPA.いい友人を持って我々は幸せ者です。感謝しております。
ぼたん鍋
  元料理人の野牧さん包丁捌きもお見事、今回はドサンコさんも一目置いて二番手に、二つの鍋を作る一つはニンニク入鍋、他はショウガ鍋 エンチョウさん
ニンニクと聞いて眉を逆立てる、エッチュウさんが来ればショウガ鍋はダメだろうな。
・・・・・・・。
  はじめて食べたボタン鍋、鹿刺しと、いずれも美味しかったです。食後満腹感もあり、ヒゲミヤさん裏山を散策しようと言う事で一同裏山へ。
何と、ところ、〜〜〜にタラの芽を発見。沢山あるんだよと満面の笑み、4月中旬頃再度鍋を囲むとの決意をして戻る。ふたたび温泉に、部屋に還りa.m2.00頃まで四方山話・・・・・・・。

  先に休んだシォジイさん、ミッコさんの往復いびきのうるさいのなんの寝言では負けない。アロタツも中々寝っけない・・・・次は先に寝てリベンジだ・・・・・覚悟せい。タラの芽探し
翌朝我々は先夜のぼたん鍋を鍋将軍のクロカンさんの指令でオジヤ作りこれまた結構な朝食でした。エンチョウさん、家で一人待っている娘さん心配とのことでa。m10.に一人帰路。

  食事の後はヒゲミヤさんの提案で、スノボ--をやろうと決定出発し桃源台でドサンコさんともお別れ。現地に着くが、子供で満員中止変更お寺の温泉へ向かう
が、ここも満杯で取りやめ結極ヒゲミヤ荘へUタ−ン又々温泉へ入る。

渋滞予想で7.30分まで待ちカ−ナビで25km渋滞の中東京に向かうが、意外とスム−ズに走る自宅に9.40分に着けました。
ヒゲミヤさん毎度のことですが、近くまで送って頂き有難うございました。

クロカンさん猪、鹿、蝶ならぬ腸ですが、役揃いでこいつは春から縁起がいいわい。御蔭さまで昨年のひっかかりを取り戻すのも早いかな?野牧さん4月を楽しみにしております。有難うございました。(04/01/12 アロタツ記)


● 福島 湯の花温泉 (H15-10/26〜27)

キョウコGさん 五ヶ月前位の記憶をたどって……  丁度うまい具合いに投稿しょうとしていた下書がありましたので書きます。  
窓を開ければ隣の紅葉!   パラリ…ハラリ…その中の一本に柚の木がある。    その高枝だに一羽のカラス!
このカラスが結構芸人じゃなく芸カラスである。    柵の中にいる犬の泣き声を真似してカッカ〜ン、カッカ〜ン。
そして人の笑い声…カッカカカ〜、カッカカカ〜、これにはアロタツと苦笑いしてしまった。   聞いた事がありますか?  芸カラスの泣き声を!! 
昨年の秋頃のお話しでした。(04/03/20 キョウコG記) 


● 湯巡り  島根、鳥取、岡山の旅  (H15-7-11〜13)

カドカドさん  7/11(金)
7月11日(金) 朝6時半の羽田空港。 出発予定の1時間前というのに参加メンバーアロタ松江城ツ夫妻、クロカン夫妻、エッチュウ夫妻にアロイ、エンチョウ、ドボン、ヒゲミヤの各氏とカドカドの計11名が全員集合。 毎度の事ながらDMKの出足は早い早い。

 ほぼ定刻に青空の見える羽田を発ち、8時35分着陸の米子空港は雨であった。レンタカー手続き中は、激しい雨が襲う。 (晴れ男と晴れ女が多い筈。)
 9時13分、2台のレンタカーはやや小降りの空港を後にする。 最初に車が停まったのは、「水木しげるロード」。 ゲゲゲの鬼太郎に登場する妖怪達が我々を出迎えた。 水木しげるは境港市出身ということで、「水木しげる記念館」もある。 「水木しげるロード」は、境港駅からの通り 約800メートルの間に鬼太郎やねずみ男等のブロンズ像 86体が置かれているそうです。

 ロードをあとに車は、中海と日本海をつなぐ境水道沿いの道を島根半島の突端に向かって走っている。 「美保関灯台」は、日本海をパノラマで見れる景勝地。 が、雨。  灯台も「関の五本松」も見れず、車中から海上守護神であり商業神である「美保神社」を参拝するのみで引き返す。
 車窓から見える風景。 田舎道を走っているのに農家らしい萱葺き屋根は見えず、目に映るのは赤っぽい瓦屋根の普通の家ばかりだ。

 次の見学場所は、「松江城」だった。 見学前に今回の旅の安全を祈願してか、駐車場において思わぬ儀式があった。 それは、一人の男性の頭部の血が神に捧げられたのであった。(お陰で無事に東京に帰りつきました。)
 松江城は、組み上げられた石垣の高さと一直線に伸びる長さに圧倒される。 牛蒡積みという工法だそうですが、皇居の優雅さとは正反対の野性味、力強さがある。 積み石が赤っぽいのも、力を添えているようだ。

 天守閣内は雨のせいか見学者が少なく、順路に沿って歩かせられるだけの見学と違い好きなように見たので、戦争に備えた城のつくりをじっくり見ることができました。 木造6階建て、解体修理があったとはいえ400年近い歳月を経ている現在も、ビクともしない安定感がある。 城といえば武家屋敷。 内堀に並行する塩見繩手とよばれる通りに面する中級武士の屋敷を見学。
 風呂場が狭かったのと鉄漿(お歯黒)道具一式の展示が、私の目をひきました。 私が驚いたのは、屋敷は代々 当主に引き継がれると思っていた私に、渡されたパンフには「−−−中級藩士が屋敷替えによって入れ替わり住んだーーー」と書いてあった事です。 (要は社宅であったのだ。)

 同じ通りに面して「小泉八雲旧居」もあり、こちらも見学料に見合う 価値ある部屋のたたずまいであり立派な庭でした。 旧宅を後にしたのが12時10分。
次に案内されたのが、見落としてしまいそうな間口の狭い蕎麦や「ふなつ」。 事実、車は通り過ぎてしまい、引き返して駐車場に入りました。 「ふなつ」の中はまあまあの広さだが、客で立て込んでいる。奥の一隅に案内され11人が一つテーブルにつく。
 私には、はじめての出雲そばだ。 が、今の私には、美味かったという記憶と酒を飲んだのを覚えているのみだ。 腹ごしらえが済めば、一路 出雲大社へ。

 大社参拝の前に、出雲大社模型展示館 「雲太」 見学。 先年、発掘された心柱の実物大模型、杉の巨木3本を束ねた直径約3メートルの迫力。
 出雲大社社殿の古代における高さは96メートルという。平安時代は48メートルといい、その10分の1模型が展示されている。これも、それなりに迫力がある。
が、96メートル32階建てビルの高さである。 しかし、三内丸山遺跡ほか近年、特に日本海側で巨大柱穴遺跡が発見されています。 わたしは、実在したと思います。大昔は、巨木は沢山あったでしょう。想像するだけでも、圧倒される。
 現実の大社は苔むす桧皮葺の建物でした。が、勝手に高い建物を想像してきたので何とも個人的には、高さが物足りない感じだ。
 でも、毎年10月には、全国の八百萬の神が集合する権威ある聖域である。 拝殿で参拝を終え境内をでる。 てっき出雲大社りそば屋に行くものと、後に従う。住宅街の道を歩くことしばし、案内されたのは「真名井の清水」と名づけられた小川である。

 出雲大社に供える聖水とある。 誰かが流れに手を入れ「アチチ」と叫ぶ。  元公務員二人は、清水という説明があり、湯気が出てないのに熱いのは不思議と思ったが、温泉が湧いていると信じる。 「アチチ」のジョークを信じたのは、疑うことを知らない? 正直公務員二人だけだったようで、しばらく皆に話題を提供した。
 帰途、改めて参拝し本殿の周りを一周する。 願い事のある人たちは、大注連縄にお賽銭を投げ入れている。 さてさて、参拝の後は、本日2度目の蕎麦屋行である。 ここでもドライバーを除く男性有志は酒を注文し、蕎麦を待つ。 
 出雲蕎麦は肌が黒いのが身上なのだと、誰やらに聞いていた。 そのとおりで、ここのも黒くやや太め、茹で過ぎか? やわらか過ぎる感じで、皆の評価は今一つ? だったか。

 今回の旅の最初の立ち寄り湯「湯の川」は、大社から50分、4時過ぎに着いた。 湯の川温泉(島根県斐川町)は、出雲神話にも登場する湯で日本三大美人の湯のひとつだそうです。
 宿のパンフによれば泉温49.1度 泉質は ナトリウム カルシウム 硫酸塩含有とある。 湯は透明で柔らか肌になじむ感じがした。 時間が無く、15分の入
湯だったのが心残り。

 17時30分、本日の宿 出雲湯村温泉(島根県木次町) 湯の上館に着く。 源泉の一軒宿だ。 うれしい事に今晩の宿泊客は、我々一組だけという。 温泉を気兼ねなく独占できるのは、何というシアワセ。 リラックスしてノンビリ何時までも何時でも入れる! これ以上の極楽はあろうか!!
 泉源は目の前を流れる斐伊川にある。 連日の雨降りで水は褐色、渦巻く濁流が川幅一杯土手を破らんばかりの勢いで流れている。
 このため、湯舟にお湯が入ってなく、我々の到着を待って湯を引いたようだ。 一杯になるのを待てない男共は、寝そべってやっとヒタヒタの湯に身を沈め、取り寄せた地酒をチビチビ話がはずむ。 宿の若女将は、埼玉県坂戸市出身でノンビリしたこの地が性に合っていると云っていた。

 この出雲湯村温泉は出雲国風土記(733年)に「ここの川の付近に薬湯がある一度入浴すればたちまち身体はやわらぎ おだやかになり、二度入浴すればたちまち万病がきえさってしまうーーー」と紹介される由緒ある湯で、今も川中に温泉が自然湧出しており夏場は水遊びがてら、自然湧出温泉につかる人々で賑わうと宿の女将が言っていました。

 かつてこの湯の上館に泊まったクロカンさんによれば河原に部落の共同浴場があったという。 その共同浴場も川の氾濫を避けるため道路脇に引っ越した。と、翌日源泉を案内した宿の若主人が教えてくれた。
 6月中旬には自然発生するホタルの乱舞が見られ、これを目的に毎年訪れる客もあるとの事。 宿のパンフには、アルカリ単純泉(43度)、加熱,冷却,循環等なしあり、丁度の湯加減

5〜6人がゆったり入れる広さの湯舟と深めの露天風呂があり、お湯も練れた感じで身体に違和感がない。 直ぐ下、手の届きそうなところを赤がかった褐色の濁流が流れている。 夜7時からの食事は、貸切状態 気兼ねなし 和気藹々 話が弾みました。11時半頃就寝。

   7/12
 翌日、早起きの順に全員が朝風呂に入ったようです。 浴場に売店があり牛乳やビール等の飲み物が置いてある。そこにパック詰の寿司や焼魚が届いた。 宿の人に聞いたら、近くの人たちが入浴がてら一杯やり食事して帰るサロンになっているとの事でした。
 名残惜しい出雲湯村温泉、9時20分出発。 三刀屋木次に戻り再び高速に乗る。
   
 2日目は、走りに走りました。 この日は幸いに雨が降ったり止んだりで、止んでいる時間が長かった。 三刀屋木次からの松江自動車道、宍道から松江までは山陰自動車道。松江の先で途中、割込んできたトラックに先行のワゴン車を見失い、同じ車種の車を追ってバイパスを降りてしまう。
 サア、困った。どうやって追いつくか? アロイさんのケイタイが頼り。 クロカン氏の適切な指示により後続車は程なく無事、先行のワゴン車に合流。 その時まで、高速道が一般道と併用であることに気付かなかった。 米子から米子自動車道に乗り、大山パーキングで一休み。 蒜山インターで降り、関金温泉(鳥取県関金町)に着いたのが11時45分。

 2日目、最初の立ち寄り湯だ。 温セイ楼(セイはシの清ではない、ンに青であるとパンフにある。)の露天風呂は、庭にわく湯をアスナロの木を組んで湯舟に、竹のすのこを敷いて足のさわりをよくして と  これまたパンフに書いてありますが、本当に気持ちの良い湯でした。(女性陣は内湯でガマン。ゴメンナサイネ。)
 関金温泉は日本でも有数のラジウム含有量の多い放射能泉で、古名は「白金湯」でありその名は美しく澄んだ透明の湯からきていると言う。 温セイ楼の隣りに共同湯「関の湯」がありました。 ユックリしたいがお腹が空いた。12時半、昼食場所 倉吉へ出発。

 倉吉は「白壁土蔵群赤瓦」に駐車。地域は文化庁の重要伝統的建造物群に選定されている。が、見学や買物は後まわし、先ずは昼食である。 保存建物の一つ(?) 「土蔵そば」に入る。 「そば」を名乗っているが民芸品店であり,喫茶店でもある蕎麦屋であった。
 いろいろ扱っている店に11人がそばを注文したせいか、時間がかかりノビ加減のそばもあったようです。 モノ足りなかった連中は、赤瓦八号館2階の手打ち蕎麦を食べて満足した様子。
 土蔵群は酒蔵とか醤油の仕込蔵を転用して土産物屋等に再生、活用されていますが、本来の目的に使用されている土蔵も見たかったのは、ゼイタクな願いだったか。

 倉吉を出て三朝温泉(鳥取県三朝町)に着いたのが3時。 旅館街を過ぎ、狭い道をくねくねし車が止まると「株湯」だった。 株湯は三朝の旅館に温泉を供給している源泉だ。ここもラジウム含有率の高い放射能泉で浴槽は4人も入れば一杯で、透明で熱めの湯が身体を爽快にさせる。狭い浴室につぎつぎ人が
くる。 三朝橋のたもとに「菩薩の湯」、橋の下に無料の混浴野天風呂「川原の湯」があった。川原の湯は人であふれていたので、私は入りませんでした。 入った人達は身体だけでなく、目の養生も出来たらしい。

 三朝を4時近くに出発し、2日目の宿泊地 湯原温泉(岡山県湯原町)に着いたのが4時40分だった。 部屋に入り一息ついたところで、浴衣に着替え湯原温泉名物、川原に湧く温泉を囲った露天風呂「砂湯」に行く。 雨がそぼ降る中、湯の周りに大勢の人が居る。女性の入浴者も一人,二人いた。
DMKのG嬢達は、皆さん奥床しく足湯で砂湯の雰囲気を楽しんでいた。 男どもは大自然の中、川底からの自然湧出の湯を楽しんだ。

 今宵の宿 湯原館 鉄骨4階建てとはいえ大分ガタつき、カビくさかったが、良い風呂でした。 宿のパンフには100%天然温泉、湧き出る温泉に水を加えることも無く、熱を加えることもなく、そのまま流し放しのお風呂です。とありましたが、その通りの風呂と思いました。
 客が少なかったのか、風呂場で他のグループと一緒になることなく、気兼ねなしに風呂に浸かった。

 7/13
  翌朝、朝飯前のナラワシで小雨の中 砂湯へ。帰りは朝市をひやかす。雨のためか、出店は多くない。時期でないのか畑のものはあるが、山の幸である山菜類は少ない。私は、ついついヒヤカシ過ぎて朝食に遅れそうになる。 
 旅の終わりが近づいている。 昨晩、奥津温泉にするか吹屋ふるさと村にするかで、2度と行けないであろうと決めた。その「吹屋ふるさと村」へむかう。
 その前に同じ湯原町にある「真賀温泉」へ。 雨は本降りだ。

 真賀温泉は国道に面する崖のような急斜面にあった。 アルカリ性単純泉、40度。 元湯の「幕湯」は、津山藩主が家紋入りの幕をかけて入ったのが名称の由来らしい。男性陣はその幕湯に、女性陣は幕湯の隣りの家族風呂に。
 幕湯は自然石を組み合わせてつくられ肩まで入ってしまう深い浴槽で、そこに男8人が立ン坊入浴する。 熱くない温めの良い湯加減。 湧出量が多いのだろう数人が一斉に出ても、浴槽の湯量が減りませんでした。
 世の中、物好きが多い真賀でも先客がいて、空くまで時間がかかり10時に着いて出発が10時40分であった。
 戻って湯原ICから米子道に乗り、中国道を経て岡山道の有漢ICで降り国道313号で高梁市に、ここから伯備線沿いに国道180号を走る。ここまでは良かった。

 途中、左折して県道に入る。 樹木が道路を被うように繁り、走るにしたがい山が深く道幅が狭まり、車がすれ違えない程だ。 切立った崖を削り道路にしたのだろう左は車が擦らんばかりの絶壁、右下は茶色く渦巻く激流。ひたすら対向車が来ない事を願う。
 生い茂る木々が道を暗くし、雨が不気味さを更に加える。 そして、山道を登り上げ明るくなったところに「吹屋ふるさと村」が現れた。12時15分。
 やや激しく降っている雨の中、車を駐車場に入れ近くの藤森食堂へ。
 食堂なので各自、思い思いの品を注文。私はソバを注文。勿論、モリのつもりでした。出てきたのはカケでした。思わず声を上げてしまいました。が、この地方ではソバといえばカケしかないとの返事でした。 ソバはダシがきいていて美味しかった。 同じ品を注文したヒゲミヤさんも同感だったようです。

 さて「吹屋ふるさと村」。 山道のアプローチがながく中国山地の山奥に取り残された場所であり、そのために古い町並みが残った感じです。
 ここも倉吉同様、国選定重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。 倉吉のパンフには「白い漆喰壁に黒の焼き杉板、そして屋根には赤い石州瓦」という紹介文がありますが、この吹屋がまさにその通りで旧街道沿いに建つ家々の1階や2階には弁柄で塗った朱のはめ込まれ、屋根は赤い石州瓦がのっている。
 石州瓦の鬼瓦を最初に見たのは、湯の上館の部屋から我々が入った浴場の屋根を見たときで、丸瓦に棒を突き刺したような形です。 初めて石州瓦に出会いました。
 2日目、3日目の車中で見る家々の屋根の瓦は、漆黒で、城の天守閣の鯱鉾と同じ形のシビがのっていた。  瓦の文化圏が対照的に違うのを目にしたのも、この旅で強く印象に残った一つです。

 私は食堂で飲んだぬる燗の酒が、口当たり良く飲みやすかったので店の人に銘柄(白雪成羽町産)を聞き、買うべく見学散歩がてら酒屋を探した。 売っていた店は長尾醤油酒店でした。 本来は醤油製造だという、醤油も買いたかったが容器に不安がし、白菊2種類と味噌を買った。(酒はヒヤで飲んでいますが、甘くのみやすい)
 雨が降りしきる中、町並み散歩は郷土館見学ほかで早々切り上げ、世が世なら出入り出来ない由緒ある家の喫茶室で旅のつかれを癒した人が多かった。
 次は今回の旅の見学「広兼邸」でした。 山の中腹に立つ城郭のような建物である。

 石垣を数十メートルも積み上げ、城門を思わせる楼門には不寝番の部屋がある。 トイレは使用人用が男女別にあり、母屋にも主人用と奥様用が別々にあるという。
 敷地 2,581u 本宅 323u 離れ座敷 117u 長屋 103u 土蔵 153u石垣は江戸時代のもので、屋根に葺かれた石州瓦は職人を呼び寄せて焼いたものだそうです。 昔の金持ちはケタ外れのことをしますね。
 帰りも濁流はなかったが国道に出るまで、同じような道をはしる。 高梁に戻り賀陽から再び岡山道に乗り、岡山総社を下りたのが16時15分。
 岡山空港発は19時50分発なので十分時間がある。 どうするのかと思っていたら空港を通り過ぎ、若者の集まるアウトレット風の建物に着いた。
 買物と食事で時間潰しをするために寄ったのかと思ったら、アニはからん!! 風呂に入るのだという。  いやいや 最後にイマフウのオンセンが用意してあろうとは!

 ここレスパールは、泡ふろ、打たせ湯、ジェット噴流に酒の風呂と盛り沢山でありました。
ここでもクロカン氏が最後のヒト働き、レスパールの職員やケータイ等で空港へのアクセス、レンタカー営業所の場所、ガソリンスタンドの位置を確認し、余裕の夕食をして時間ギリギリに出発。 期限のピタリ7時にレンタカーを返却。
 メデタシ。  メデタシ。  のはずが しばらくするとオカシナ雰囲気!! 又もやハプニング発生!!

  私の参加する旅行は、どうして最後にハプニングがおこるのだろう?
 参加者の共同財布のお金が紛失するという事件である。  置き忘れたと思われるお金を探して会計担当プラスボランテアの5人衆が、アチコチ捜し歩いているが見つからない。 搭乗時間が迫り、改札も始まった様子。 残金は無かったことにし、搭乗手続きの行列に加わる。 と、突然「あった」の叫び声。  誰やらのポケットから捜し求めていた現金が出現しました。

 そして、ヒコーキも無事、羽田に着陸。 今回の旅は、話題を満載して終了です。
 マジリッケナシの源泉入浴とグルメ旅の企画、立案及び現地ナビのクロカン氏。切符等 手配及びドライバーをつとめてくれたヒゲミヤ氏、エッチュウ、ドボンの各氏。 会計のアロタツ、エンチョウ、ナビ助手のアロイの各氏に感謝する次第です。

 今回も以上の方々のお陰で、行くことはナイと思われる秘境や秘湯をあちらこちら楽しみ、よき思い出をつくることができました。  感謝!!  感謝!!    完 (03/07/27 カドカド記)


● 山陰の旅の道草

ヒロコGさん 山陰の旅で、旅行記はカドカドさんが執筆中ですが、エピソードを1つ。

  何時にない激しい雨の中、車は細い山道を進む。人家が途絶え、田圃が現れ、集落に出るとまたすぐ、曲がりくねった山道をあえぎながら登っていく、時折、吹屋ふるさと村 の看板が現れるが、いっこうに着く気配がない。
谷沿いの峠を登り切ると、そこには、土壁を赤く染めた「赤壁」の民家が山陰のGさん達現れる。保存民家であろう街並みが忽然として現れた。
吹屋街道。 銅山と弁柄の町、道幅はわずか5〜6mの街道の両側に数十軒の民家が軒を連ねている。

 昼食を済ませ、三々五々、町歩きを楽しむ。郷土館の見学を終え外に出て、雨の中、郷土館のすぐ隣に喫茶室「楓」の看板。 はじめ、クロカン夫妻、続いてエッチュウ夫妻が、お茶しましょと中に入る。
間口は狭いが、中は思いの外、広く20人くらいは入れそう。席に着くと、奥から品のいい地味な感じの女主人が出迎えてくれた。壁には、有名人の色紙が数多く掛けられていた。 宮崎美子、芦屋雁の助などの色紙には、長尾有子様への文字が読みとれた。

 そのうち、次々とメンバーが集まってきた。コーヒーやワラビ餅を注文して待つ間、その色紙を眺めながら談笑していた。エッチュウさんは、なれた様子で、棚の中から1本のビデオテープを取り出し、無造作にデッキにセットした。 女主人は、小さな声で、この辺りの記録・・・何とか・・と行っていた。 「浪漫街道・・」の題名が映り出された。
  なんと、この店の入り口に訪問者の女優が、「こんにちは!!」なんていいながら声を掛けていた。 そのとき、中から戸を開けたのは、今、コーヒーを入れている女主人が映っていたのです。 「あっ、ここの店だ!! ここのおかーさんだ」一斉にみんなが声を上げた。

  そのとき、3人の地元の男性が入ってきて、コーヒーを注文した。 「おたくら、どっからきたね?」「ここのおかーさんは、昔はお姫様でよ、世が世であれば、自分らでは口をきけるような人ではないんだよ」
有子様は、黙って微笑んでいるだけだった。テレビの中の有子様は、若く、美しく映っていた。たぶん、道浪漫何とかの特集で、この町を紹介した時の番組だったのだろう。
クロカンさんは、興味津々で、町の歴史を訪ねていた。たまたま、入った喫茶店の思わぬ出会いと人の歴史をみたような気がしました。(03/07/16 ヒロコG記)
  追伸 : サギ草に花芽が付きました。たのしみ〜〜!!  


● 第4回 箱根温泉を語る & 剥がす会(H15-5/17〜18)

ドサンコ  夕4時半頃、クロカンさんから、これからエッチュウさんと箱根のヒゲミヤ荘に行くが、都合がよければ行かないかとの携帯メール入る。箱根 アジサイ
工具類を持参し、5時過ぎに家を出る。近道するつもりが道を誤り、厚木インターに入ったのが6時を回る。後は空いていて、7時ちょい過ぎにヒゲミヤ荘着。
 今回の参加者はヒゲミヤさん、クロカンさん、エッチュウさんとドサンコのと4人。御殿場へ魚料理の店へ。刺身、天麩羅、煮魚等、ヒゲミヤさんのおごりで夕食をご馳走になる。

  夜、例の如く貸しきり温泉で温泉を剥がす会。 ヒゲミヤ、クロカン、エッチュウの3氏は、湯船につかり汗だくになりながら交代ではつり作業。 温泉につかったための汗か、はつり作業のための汗か。(答えは簡単、その両方)

今回は3人ともかなり熱心で剥がす会は盛り上がり、俺の方がデカイ(剥がした湯石のこと、誤解しないよう)と戦果を競い合う。 魚拓ならぬ湯石拓でもとって脱衣場の壁にでも貼ったら・・・   湯当たりしそうなので、ドサンコだけは見学。

  その後はビールを飲みながら、遅くまでのんびり温泉を語る会に。

  翌朝、全員、8時過ぎまでぐっすり。遅い朝食後、温泉につかり、例の如くゆで卵を作る。次回は、フェンスの修理のあと、バーベキューでもやろうと衆議一決し、昼頃に解散。
ヒゲミヤさん、クロカンさんと厚木インターで別れたのが1時40分、家に着いたのが2時でした。従来コースで帰っていたら、まだ、湯本駅前当たりでイライラしていたかも・・・「急がば高速」(当たり前か)

  爆走王のエッチュウさんは、一足先を走っていたようで、あまり帰宅時間が変わらなかったとか。(140〜150km/hで飛ばしていたとの噂あり、ホント?)(03/06/08 ドサンコ記)


● 湯好会 善光寺・渋温泉外湯めぐり   (H15・4/19〜20)

エンチョウさん  今回の湯好会の旅は7年に一度、ご開帳となる善光寺前立観音の参拝と、湯種が豊富な渋温泉外湯めぐりの旅。
参加者は6 人と少人数となったため、7時30分に高円寺駅に集合。レンタカーを使用しての出発。乗り合わせる面々善光寺はヒゲミヤさん、クロカンさん、カドカドさん、エッチュウさん、ドサンコさん、そして記録のエンチョウ。

  まもなくゴールデンウイークをむかえ渋滞のメッカ関越道も今は順調に走行する。ン.何かたりない。そうですいつも爽やかなグレースの方々が不参加なのです。  車中では、毎週顔を合わせているのに、何と話題豊富なことか。 東京では桜の季節は終ったが、軽井沢では今がまつ盛り、また、更埴盆地では杏や梅、桜が満開、所々にレンギョゥが真黄色に色をそえる。

 長野道、善光寺出口は渋滞の表示。更埴インターで下り国道を利用して目的地に向かう。途中、渋滞も無く、クロカンさん、ヒゲミヤさんの判断の良さで善光寺門前に到着。 善光寺回向柱の前では長蛇の列。戒壇めぐりは一時間との放送。横からの参拝で安全祈願。 祈願後、 一路、山田温泉大湯へ。
  山田温泉の周辺では、あちらこちらに残雪が見られる。ここでは、大湯に入浴。クロカンさんたちが若かれし頃、ここのスキー場にてエッチュウさん、カドカドさんが足を傷、クロカンさんが面倒をみたという話しに耳を傾ける。  雨が本降りに変わった。

 須坂、小布施市街地を抜け、今宵の宿、渋温泉 かめや旅館に午後3 時到着。ただちに、内湯、露天風呂に入浴。そして、地獄の9 か所 厄よけ巡浴外湯めぐり が始まる。 長い時間の入浴が苦手のエンチョウも今日ばかりは記録のために必死にくらいついてくる。 
外湯めぐりは、初湯から始まり、最後は9番大湯、そして、高薬師観音に報告。これで満願成就。 長生きできる  ゾー
この夜、遅くまで娘談義に終始しました。 ここで、一撰 「嫁ぐ日に、娘の姿垣間見て、父親そつと 影にたたずむ」

 明けて、朝から雨。朝食までに2 回の入浴。今日は、別所温泉の北向観音、小諸に近い布引観音に参拝するコースの説明を受けて午前8時に出発。
長野善光寺は南向き、ここ別所温泉の北向観音は善光寺に対峙するよう北向きに祀られていると言われています。 観音堂の絵馬のすばらしさに圧倒されつつ、近くの改装された石湯に入浴。善光寺ご一行

  次ぎに向かったのが田沢温泉。島崎藤村が青年時代に滞在して、「千曲川のスケッチ」を執筆したという白壁、格子戸、三階建てで重厚な ますや旅館 の近くにある 有乳湯 (うちゆ)  に入浴。有乳湯とは、母乳の少ない婦人や、子どものいない婦人に効能ありとされる湯で、硫黄泉ながら柔らかな泉質でした。
雨も本格的となったので、布引観音は中止にして、鹿教湯に行く事に決定。有乳湯を出る時、オイルランプが点灯、途中でオイルを入れれば良かったのに。
エンチョウの心配が始まる。どうにか鹿教湯までもつて一安心。さっそく無色透明な文殊の湯に入浴。 内村川から吹き上げる川風がここち良い。すでに正午を過ぎている。ほとんどの食堂は休業。

  クロカンさんの提案で海野宿へ。海野格子が残る ふくしまや で石臼ソバにクルミおはぎ、おいしかった。海野宿は北国街道の宿場町。そこここに卯建が残っている。 14時35分、一路東京へ。 発車してまもなくスースー、ぐーぐー いつもの白河夜船が始まる。 ドサンコさんの安全運転により無事17時10分高円寺到着。 善光寺講一行の皆さまご苦労さまでした。 7 月の山陰旅行の再会を期して解散となりました。 (03/4/22 エンチョウ記)

  <短歌六撰  撰者:エンチョウ>
    ・ 善光寺 回向柱にすがりつつ  我が家の安全 綱で結ばる。
    ・ 残雪の 残りし風呂(露天風呂)に浸りつつ 遠くにカモシカ 見えかくれする。
    ・ 渋温泉 9湯めぐりは 楽しくて ついつい長湯 疲れ倍増
    ・ 観音堂 老いも若きも一心に 頭をたれし 何を念づる。
    ・ 文豪の  好みし旅篭すばらしく 昔のままに 今にとどめむ。
    ・ 海野宿 昔の建物残したり 我が身のうだつ ( 卯槌)  未だあがらず。


● 第3回 箱根温泉を語る会(H15・4/12〜13)

ドサンコ  4/12(土)
  今日は、箱根温泉を語る会の日。 湯好会の日は、いつも朝5時には家を出るのだが、その点現地集合、現ホテル・アカデミー玄関で地解散の箱根温泉を語る会は時間的には余裕あり。今回もドボンさんとは最寄の長後駅で、午後2時の待ち合わせということでユックリ。
  昼近く、バッグに着替え等を入れ、携帯電話も忘れないよう一緒に詰め込む。(このため、クロカンさんからの「釜飯メール」を見そこない返信ができず)
明日は知事・県議選挙の投票日。万一、帰りが遅くなってもよいようにと不在者投票に出かける。不在者投票は初めて、名前や性別まで封筒に記入し、しかも二重封筒にいれるというものものしさ。

  帰宅してからすぐに待ち合わせ場所に。ドボンさんと落ち合い、1時50分に出発。
我ら年金生活者二人、急ぐ旅でもないし国道1号線をゆっくり走ろうと衆議一決(二人でも衆議?)。
小田原まではすごく順調で午後3時頃通過。この分でで行けば予定通り(午後4時)到着と楽観。ところが、そうは問屋がおろさないのが世の常で、風祭の手前から全然動かず。普段の行いと渋滞に出会うのは、どうも反比例の関係にあるようです。 (少なくても自分には言えてる・・・と互いに思った・・・かどうか・・・)

  結局、1時間も遅刻してようやくヒゲミヤさんの別荘に到着。 その間、先発隊はキジ騒動で大変だったとか。なにせ大の男4人が、キジ鍋にしようとキジを追いかけ回したらしい? が、結局、取り逃がしたとのこと。  キジを捕まえるにはやたらと追い回してはいけません。昔からキジを手なづけるには、キビダンゴを与えればよいというのが定説です。
一休みの後、いつものようにDMK貸切の温泉に。エッチュウさんは湯船に付いた湯石(本当は何ていうの?)取りに夢中。止められない止まらないという状態。

  夜、雨になるが、Gさんたちと合流し、中華料理店(太源)で豪華に夕食。 なにせ久し振りの中華料理でケッコーでした。帰りに“箱根Gホテル”(ヒロコGさんの箱根Gホテル物語による)に寄り、登別カルルス温泉のような白濁色の温泉に浸かる。距離的にはそんなに離れていないのに、まったく異なる湯質の温泉を体験。 これまたケッコーでした。 ヒゲミヤさんの別荘に戻り、酒を飲みながら温泉について語り合う。(この時、フェンスの金網の話もでて、後日、皆でやろうということに発展する)

  4/13(日)
  今日は朝から快晴。全員ゆっくり起床。ホテル・アカデミーの庭で
前夜、コンビニでそれぞれに買ったゴーカ(=コーカ)でない朝食を摂った後、 スーパー管理人のドボンさんが掃除を開始。また、貸切温泉に入った後は、温泉の湯を沸かしてゆで卵つくり。 温泉の味がほんのりついてこれもケッコー。毎回思うがやはり旅館と違い、チェックアウトの時間を気にしなくてもよいというのはノンビリでき非常にコケッコー(あれっ、卵の食いすぎ)。

  昨夜の続きで温泉を語る他に、最近メールをトンとご無沙汰のメンバーをサカナに暫し歓談。湯好会や白木屋集会には都合で参加できなくても、メールだけは送信した方がよろしいようで。なにせ天気の悪いことに始まり、景気が回復しないことまで(ドサクサにまぎれて渋滞にあったこともおまけして)、メールをよこさないアイツ(ラ)のせいだとされてしまいます。

  Gさんたちも合流し、近くのホテル・アカデミーでハンバーグステーキランチの昼食。自分としては珍しくあまり食べないパンにしたけど、ふんわりとして香ばしくこれもコケッ・・・いや、ケッコーでした。

  食後、一旦戻ってから解散。我ら神奈川組は東京組と別れいつもの湯本経由で帰路に。でもこれも大間違いで大渋滞に遭遇。往きもコミコミ、帰りは更に。(全てケッコーとはいきません)
今度は絶対、東名高速で厚木インターを抜けて帰ろうと、固く誓い合う年金神奈川組の二人でした。
本日の教訓:「お金を少し節約することは、時間を大いに浪費することにつながる」

  今回の参加者は、ホスト役のヒゲミヤ夫妻とクロカン夫妻、エッチュウ夫妻、アロタツ夫妻、ドボンさん、ドサンコの10名でした。ヒゲミヤ夫妻には毎回、別荘を提供していただき感謝申し上げます。(03/4/27 ドサンコ記)


● 箱根 Gホテル物語

ヒロコGさん  「温泉を語る会」のGグループの旅日記です。

   新宿小田急ハルク前に、謎のG3人が集結! これから箱根へのバスの旅が始まる。
 4人の予定が、急用のできた1人を残して、箱根桃源台行きのバスにひっそりと(本当はドカドカッ)乗り込む。

  新宿を抜けると今までの渋滞が嘘のような車の流れになった。東名高速をひた走る車窓には、既に花の散った桜の並木が見え隠れ・・・。
バスからの眺めは、乗用車とは違って本当に旅に出た〜って感じ! 「ネーネー  サギ草の芽 でた?」
「まだよ〜、うちのなんかちっともその気配なし!」「たまには、女だけの旅もいいもんね〜」 ワイワイホテル・アカデミー玄関で、ひそひそ、ごそごそ・・・べちゃくちゃ、こっくりこっくり。
途中の駅で、何人かの乗客が乗っては降りて行った。(何とか温泉殺人事件・・なんてこんな風景からはじまるのかしら・・・)

  御殿場で高速を降りたバスは、今が盛りの桜並木の中を乙女峠に向って登りはじめた。 誰かさんは、こんな中でバスのおトイレに入って、カーブごとに”ごつんごつん・・・・”
やがて、バスは仙石原にとー着。Gホテル(今回からここのマンションをこう呼ぶことにした)に着くやいなや、みんなで仕入れてきたお弁当にむしゃぶりつく!!
  「オイシイネ〜」 「うん! うんぐっ!」 「おちゃ!お茶・・」 食事を済ませるとすぐに、お風呂!お風呂!の大合唱。大湧谷の白濁した温泉が、長旅(?)の疲れを癒してくれる。手と足を思い切りのばして・・・・ごくらく・・極楽。 もう、晩ご飯(~o~) 箱根名物「ちゃいな ハウス」で、食欲大爆発!!
夜になって、そぼ降る雨の中・・置いてきぼりにしたいしこGさん到着! これからは、「あーでもない、こーでもない・・おしゃべりが・・」延々

 一夜、明けて今日も雨の一日!  ヒゲミヤさんが、計ったように9時30分に玄関に車をつける。 Gさんみんなで、車に飛び乗る!!
着いた所は・・・? ここは、温泉仲間では「幻の名湯」とその名を知られた・・お寺の温泉だった。

 誰もいない浴槽に、4人がゆっくりと入れて、もう最高! 見覚えのある浴槽(露天風呂)は、確か、前の湯好会の写真で見た通りだった。
 「こんな温泉に入れて、よかったね〜」 「うーん・・・ふぇ〜」 ヒゲミヤさんって、優しいね〜・・・と大評判!

  三日目は、快晴に恵まれて、春の陽気を満喫し、畑仕事もしたし、初めてのお使いで、コンビニなんかに行って、いろんなものを買いました。
庭の桜のつぼみが、すこーし膨らんで来ていました。 これからは、このマンションは、Gホテルと名前を変えました。(03/4/18 ヒロコG記)


● 鷺草と共に旅した川原湯温泉 (H15・3/8〜3/9)


カドカドさん  平成15年3月8日(土)、関越道三芳インター。集合時間は早朝8時半であるにもかか川原湯温泉ご一行わらず、8時前に車3台が集結しアロイ、イシコG、エッチュウ、エンチョウ、カドカド、クロカン、サチコG、ドボン、ミツコ、ヒゲミヤに主賓のドサンコさんの計11人のメンバー全員が勢揃いした。
いつもながらDMK湯好会の律儀さである。 今回の旅の企画はクロカンさん、会計人はドボンさん、報告は不肖カドカドです。

 三芳を8時半少し前に出発。駒寄で休憩。ここでは、男子トイレの用足しに5分の行列という珍しい経験をしました。
駒寄からの関越道は自然渋滞の連続でしたが、ン10年のキャリアを誇るオジイドライバー達は難無く通過、渋川伊香保から一般道をヒタ走る。途中、天下の名水「箱島湧水」に雪道を踏みしめて立ち寄り、名水でノドをうるおし、江戸時代の水牢跡を見学。何故か水牢跡には男女和合の祈念物が置いてありました。

 最初の目的地 沢渡温泉には11時過ぎに到着。湯あたり防止のため? 先ずは腹ごしらえとなる。
 夫婦2人で切り盛りの手打ち蕎麦店に入る。全員が「ふきのとう」入りの天ぷら蕎麦を注文、全員が味に満足。開拓者クロカンさんに感謝。
 腹ごしらえが済んで、一風呂浴びに沢渡温泉共同浴場へ。 湯舟が大きくないので、男子は二組に分かれて入ることにする.。
 でも、先発隊が出た後、後発組も食べ終わっていつまでも店の座敷にいられないと店を出て、浴場に向かう。 矢張り9人入るには、無理の広さの湯でした。
 男湯は湯船が2つあり、広いほうがせいぜい5人、小さい方が2〜3人。小さい方は上がり湯用で熱く、入れない湯好会員もいました。

 沢渡の熱い湯に浸かった後は、本来の目的地 川原湯へ向かう。 午後2時半過ぎ、川原湯温泉 敬業館みよしや に着く。 宿のウリは「巨木、ムササビ、大樽風呂、渓谷美もやがて幻となる前に、この情景をあなたに捧げたい」と
ありました。 部屋に案内されると男衆は着替え、ヒゲミヤさんが途中の農協で仕入れ寄附してくれた卵を持って聖天様の露天風呂へ。この露天風呂、まさに山の上にあり気分上々である。

 その後は、宿の近くの源泉に行き、備え付けのカゴに卵を入れ源泉に浸す。源泉を囲んで男のオシャベリが続いたが、茹で上がるまでの20分は待てぬと宿に戻る。 冷えた体を大樽風呂や隣りの露天風呂に浸す。その間、女性陣は内湯の「とら湯」でくつろいだようである。 湯から上がり落着いた頃合いに、本日の主賓 ドサンコさんから奥様丹精の鷺草を参加者に寄贈したいとの申し入れがあり、赤坂 虎屋黒川の羊羹とワインの差し入れがある。
 ドサンコさん、奥様 のお心遣い、このご好意は、全員ありがたく頂戴しました。

 夕食は、ドサンコさんの永年の御労苦をねぎらいつつも、今後のホームページ作成への尽力を抜け目なくお願いして乾杯。しばしの歓談となる。
 料理の尽きる頃、ご飯と味噌汁が配られ宴は、ひとまず終了。

   宴会場から引き上げると、またまた温泉である。大樽風呂のある露天風呂は、夕方6時から9時までは女性専用の時間帯である。ご婦人方は、そちらに入浴するであろう。我々男どもはやや長い階段を下り、内湯の「とら湯」に入り、ゆったりと一日のつかれをほぐす。
男性9人の部屋は、アミダクジで5人部屋と4人部屋に分かれ、5人部屋が談笑ルーム、飲み食い部屋に決めてある。

 湯上り後のノンビリした時間をヒゲミヤさん持参の生産量が少ないためメッタに手に入らずプレミヤがつくという芋焼酎「森伊蔵」を主に、各自ビール、ワイン等を飲みながらダベる。
 さて、報告し忘れていた温泉玉子の結末です。寒さしのぎに入った大樽風呂を出て、その足で源泉に行く。 カゴを引き上げ卵を割る。  玉子は固まっていませんでした。 白身は牛乳のような白い液体で、黄身は半熟一歩前の軟らかさです。 かれこれ1時間は湯に浸かっていたのに失敗でした。
 今にして思えば源泉の温度は約80度なのに、ガヤガヤしゃべっている間、湯気は一度も立ち昇らなかった。それだけ温度が低かったのだ。
敬業館みよしや大樽風呂
 ダベリもひとしきりした頃、ご婦人方からお誘いがあり、全員ご婦人方の部屋に参集。 そこにはドサンコさん差し入れの分厚切り羊羹、虎屋の羊羹が待っていました。 羊羹は薄くては味気ない、厚くなければ美味しくない。羊羹 美味しかったですね。そして伊予柑?もおいしかった。
 どれ位、女性たちの部屋にお邪魔していたのだろう。 「森伊蔵」で、夕食後から寝るまでの間の記憶が不確かです。

 翌9日、男性陣は6時には起床。風呂に行く人、焼酎を飲む人、起きなかった人、それぞれにテレビを見つつ8時の朝食を待つ。
昨夜は湯好会メンバーだけの部屋食による宴でしたが、朝食は宿泊客全員が食堂で摂るかたちでした。 朝食にしては品数もあり、ご飯も美味しかった。退職記念旅行にふさわしく赤飯でしたね。
朝風呂の時間もタンとあり、恐らく全員が朝食前と朝食後の2回朝風呂を堪能したことでしょう。

 10時近く宿を出発、帰路につく。本日は、何処に立ち寄るのか? 1時間余り走って着いた所が、小諸懐古園。 園内散策と思ったが、入園料1人500円にひるむ。 市内見学に切り替え大手門等を見て、昼食場所 丁子屋に入る。 全員同じメニューを注文したところで、ハプニング発生。 旅は、これだから面白い。(ゴメンネ。)
 ソバは、美味しかった。が、気もそぞろに食べた人が約3名? 懐古園駐車場に戻り、ハプニング解決のため車を乗り換え流れ解散。 皆さん、今回の旅は湖底に沈む前の温泉に浸ろうと計画された旅でした。宿泊した「みよしや」も八ツ場ダムが完成する3年後は、新しい場所で営業するようですが温泉は現在の源泉を引き湯するようです。現在地は、ダム完成後は湖面の位置になるとの事でした。

 鷺草とともに群馬、長野とまわり、その間 幾多のエピソードをもたらした旅。 鷺草に水遣りをするたび、思い出すでしょう。
  皆さん、楽しかったですね!! (03/03/13 カドカド記)


● 湯好会 尻焼温泉

ミッコサン  遅くなってゴメン、尻焼温泉の報告書を書きます。
 1.25(土)〜26(日)天気快晴。  車4台に分乗した総勢12名(クロカン、サチコG、ヒゲミヤ、イシコG、エッチュウ、ヒロコG、アロタツ、キョウコG、ドサンコ、カドカド、ヤマちゃんことアロイとそしてミッコ)。

   三芳SAに全員AM8:20分集合し出発する。 関越自動車道はスキ-などの車が多く、途中渋滞情報が入り渋川・伊香保までは雪の尻焼温泉川原の湯ノロノロらしく途中の前橋インタ-で渋滞を避け早めに降りる。 後は県道をひたすら走り、あたりの景色が白くやっと雪道になってきた。
先頭のクロカンさんがコンビ二に入り、お昼の買出しをするとのこと。 休憩で多額納税者組(喫煙者)の私たちはタバコをすう。  オニギリとカップの味噌汁を購入しイザ出発。
  途中、無料の混浴露天風呂「湯の泉」に寄るが先客(車3台)がいて、これでは入るのは無理との判断で一路四万温泉に向かう。 
  「腹がへってきたな」と誰かさん呟いた。 雪道の中を下りは滑るから車の間隔をあけろとの携帯が入る。 が、知らず知らずのうちに近づいてしまうのはどうしてだろう!!
  四万温泉に到着。 積善館の広間でオニギリをほおばり、カップの蜆汁を飲む。皆でワイワイ言いながらの昼飯はうまい(腹も減っていたせい?)。
立ち寄った積善館は、創業は元禄時代とのことで建物は如何にも古いが、温泉はとても良い極楽〜〜である。さあ次の秘湯(尻焼温泉)まで、又、雪道を走る。

40分位で尻焼温泉の関晴館に到着。厳正なるアミダクジで部屋割り。ドライバー組4人と同乗者の男4人が別々の部屋になったのは面白い。
オフロセットを持って雪道を200米歩き、お目当ての川の中に湧く温泉だ。 こりやいい湯だ!天国〜〜極楽〜〜。
川の中の温泉で聴くテレサ・テンもサイコー!天国〜〜極楽〜〜(左の写真で、手前で寝転んで夢心地なのが俺)。  
辺りが暗くなつて来た感じで川の温泉から出る。さー晩飯〜スべラナイよう帰ろう。1部終わり。(03/2/7 ミッコ記)


● 湯好会交通費規定

クロカンさん   湯好会「尻焼き温泉」のミーティングにて、交通費等の規定が決まりましたので御承知下さい。

 交通手段として自動車を提供して下さる方々、いつもご苦労様です。
 今後、自動車の償却費は支払いしませんので、よろしくご了承ください。
同乗者はその分、肉体労働等、惜しみなく運転者の為に奉仕をお願いします。

 交通費(ガソリン代、高速料金)は、同乗者にて精算ください。
 必ず同乗者の中で会計を任命、出発時に概算集金の上精算をして下さい。
 ガソリンは満タンで出発して貰い、満タン返し。  解散する近場のスタンドでガソリンを入れて精算。
 自動車の大きさと人数により運不運があると思いますが、あきらめて同乗者間で旨く納めてください。

 尚、泊まり代等については基本は1泊1万3千円位とし税金、飲み代を含めて出来るだけ安く交渉します。
 食代は一回1千円位を考えております。

  今後の湯好会は、上記の考えで温泉行きをしたいと思います。 よろしく。(03/1/30 クロカン 記)


● 二度目でした尻焼温泉

カドカドさん 尻焼温泉 楽しかった。皆さん ありがとう!! 久し振りにイノチの洗濯をしました。尻焼温泉・旅館の窓から
企画したクロカンさん、私を運んでくれたミツコちゃんには大感謝です。 憧れの積善館大正レトロの湯に入れたのは望外の喜びです。
件名の2度目ですが、記憶はあてになりません。山口(ウコン)車で野反湖経由で尻焼温泉に行ったが、温泉には浸かっていない。
何故なら川の水量が多く冷たくて入れなかったと記憶していたからです。
 それが、25日、宿を出て雪道を歩き、河原の共同浴場へ下りる鉄の階段を見て思い出しました。階段を下り共同浴場を覗いて「アア、オレは来てはいっていたんだ。」と確信しました。

 全く、記憶はアテになりません。そして正確には1度目の尻焼温泉行きは、河原の共同浴場につかりながら夜明かしし、帰りに野反湖でウコンさん調理の朝食をとったようです。今や、一緒に行ったメンバーも思い出せません。
 記録は大事ですね。 ミツコちゃん! 報告 頼みます。(03/1/28 カドカド記)


● 湯好会の1年を振り返って

エンチョウさん  湯好会の今年1年の活動を振り返ってみますと、1月 草津温泉、3月 野地温泉・三春・大内宿、5月 平湯・開田高原・奈良井宿、7月 東北温泉めぐり、9月 箱根 温泉を語る会T、10月 式根島 、12月 箱根 温泉を語る会U まで、7回を数えるにいたりました。

  職場では同輩者が一人欠け、二人欠けの状態のなか回覧を見るのが辛くなりますが、この湯好会だけは切腹の同人が一人生じたものの見事回復、目出度し、目出度し。

  諸兄各位が元気に過ごせることは、年甲斐もなく(?)よく飲み、よく食し、胴回りが97cmを超える、超えない論争に及ぶ者?名。そして、いつも若々しいグレースの方々が、・・・を気にもせず男性陣に混じって同行していただくこと。こうした活動が息の長い結びつきになっているものと考えます。

こうして、無事のうちに今年も過ぎようとしていますが、幸せを享受できるということは、クロカン、ヒゲミヤ、エッチュウ各氏のご厚意、そして旅行のたびに各位による無償の労力の提供などあればこそと考えております。

  老いて? ますます元気に新たな年を迎えようではありませんか。そのためにはよく飲み、胴回りを気にすることなく食しつつ、活動を続ける中で平常心を忘れずに湯好会がますます進展することを祈念してペンを置きます。(02/12/18 エンチョウ記)


● 第2回 箱根温泉を語る会 (H14/12/14〜15)

アロタツさん  「箱根温泉を語る会」を語る皆さん。
クロカンさん、ヒゲミヤさん、エッチュウさん、ドボンさん、エンチョウさん、ドサンコさん、シオジイさん、アロタツ、サチコGさん、ヒロコGさん、イシコGさん、キョウコGさん。 大変お疲れ様でした。 そして、毎回車の運転をして下さる方々、ご苦労様でした。

  さて、今回は富士山をはっきりと前に横に背に受け、足柄から箱根に! 高速を御殿場で下り、第一のコ−ス箱根温泉会館。
ここは、クロカンさん曰く、嵐山光三郎さん推薦の温泉場に入り、絶景の富士山が目前に。 風呂屋湯船の看金谷旅館前で板と同じ風景。 Oh、 ワンダフル・・・・
昼食はご存知金太郎のそばを食す。第二コ−スに移動。

  Gさん達は、エッチユウさんご紹介の宿泊施設に。 男性陣は、神様、仏様、ヒゲミヤ様の別荘に。 双方の距離は、車で約15分程の近さ。
女性陣の温泉質はヒゲミヤさんによると、大湧谷の源泉から来ているとの事。
Gさん達は大笑いし、いつもの様に盛り上がっているらしい?

  男性陣もそれぞれ持ち合いのアルコ−ルで、温泉に浸っては部屋に戻りいいペ−スで温泉談義に花を咲かせるが、・・・・・・
話しの中でクロカンさんとヒゲミヤさんが、余りに誤解を招くほど仲が良く、それによってモホではないかという一件が暴かれた。

  その話しを聞いたシォジイが、それならば俺もと二人に猛然とアタック、割って入り込む姿勢、もはや三つ巴の様相を呈してきました。
あぁ・・・・怖い、怖いオジサン集合体になりそう!!!  後日、三人で会いましょうと執拗に食い下がる。

  そういえば、連日旅行中でもミッコさんより、携帯に度々電話あり。 俺も愛されているのかもしれない。
ミッコちゃん 愛しているよ・・・・・。又電話くれよな。 なんだか 俺もモホの感じ・・・・・・あぁ気持ち悪い。
エッチユウさん、ドボンさんも気おつけてください。
 ヤバイと感じたらすぐに、デリ−トしてください。 ドサンコさん。ホ−ムペ−ジに載せる時は適当に割愛DMKグレース陣してください。(イーエ、割愛しません。事務局ドサンコ)

  翌朝 6.00に起床 第三のコ−ス 別荘の温泉で風味満点の温泉玉子を作り食した後 7.00千人風呂に向け出発。
途中8.30伊豆高原で朝食をとる。
箱根より約100kmの蓮台寺の千人風呂に、11.30に着く。 創業130余年で大正4年に建てられた、伊豆一番の金谷旅館の木造大浴場「千人風呂、女性は万葉の湯」に入る。
風情もあり、柔らかい湯質、温度駘蕩そのもの。 名前からも歴史の重さを感じる。

  蓮台寺を出て、松崎方面に向かう。
昼食になり、常連でもあるヒゲミヤさんの推薦の店加茂村久須”八起鮨”に ここの小あじ鮨セット「カサゴ汁」付2.000円を注文。
毎朝取れたての小アジを3枚におろし、深谷ネギ、みそ、しょうがをのせて、一口でパクリ絶妙の美味しさ「カサゴ汁」とのハ−モニイこれまた、絶品!!! 
食後 60km道程を一路箱根の別荘に戻る。

 先に家路に帰る人「ドボン、ドサンコ、エンチョウさん」箱根でお別れ&お見送り。 東京組は渋滞を考慮p.m.7.30に帰路。
御殿場のヒゲミヤさんの提案で、”かつ栄”でまた又々旨いトンカツおいしかつたです。

キョウコGが、声帯を痛めクロカンさんにはマスクを買って頂きありがとう。 皆様にはご迷惑や、心配をかけ申し訳ありませんでした。
エッチユウさん、ヒゲミヤさん車で送って頂きありがとうございました。 本日まだ声が、かすれ電話の応対に苦労している様です。(02/12/17 アロタツ記)


● ドボンさんを囲む式根島湯好会 (H14/10/11〜13)

サチコGさん平成14年10月11日
  ドボンさんの全快を祝って、DMK湯好会が式根島の温泉に向かった。
メンバーはドボンさん、ヒゲミヤさん夫妻、エッチュウさん夫妻、アロタツさん夫妻、ウコンさん、カドカドさん、ミ新島のパルテノンの湯ッコさん、ドサンコさん、クロカン夫婦の計13人。

  快晴の竹芝客船ターミナルから、8時10分発、超高速ジェット船は2時間25分で、10時45分式根島に着いた。
途中、大島を過ぎてから、船は揺れはじめ、私は酔い止めに仁丹を飲んで寝ていた。 下船してから何人か気分が悪くなりそうだったと話していた。
4月に来ているヒゲミヤさんとクロカンのすすめでバナナ、飲み物、菓子等持ってきたので、みんな大荷物。特にGさん達はバスタオル、水着とバックがふくらんだ。

  ミッコさんが竹芝でつまずいたのは、大荷物のせいだと思う。 アロイさんが寝過ごして同行できなかったのも、仕事の頑張りすぎでお疲れだったのでしょう。
ヒゲミヤさんが財布をなくしたと大騒ぎだったのは勘違いだったのね。 ドサンコさんが左足の小指を打ったのは足場が悪かったからでしょう。クロカンが小指先を痛めたのはそそっかしいから。
だあれ?全員歳のせいだ!!なんて言っているのは・・・・・・・・・。

  民宿(鈴豊)の自動車にG4人、ドボンさんと荷物が乗り、男8人は歩いて(15分位)民宿へ。
病後のドボンさんを気遣ったつもりが、ほんとうはドボンさんが一番歩いているようで苦笑い。

  持参した昼食(おにぎり)を食べ、地鉈温泉に行く用意をしていると、民宿のおばさんがいきなり大ショックなお言葉!!
先日の台風で(21号)温泉はダメになって入れない!!  一同息を呑む、「ウソォー」。 納得できない。

  通行禁止のロープをくぐる。  ヒゲミヤさんが数えた254段の階段は途中で崩れ、大きな岩や木が転がっていて危ない。どうにか海岸まで降りて温泉の中に手を入れてみると熱い。  湯船になる窪みはいくつかあり、海水が入り適温の所に寝る。  いい気持ち!!
時々ザブンと冷たい波が背に当たるけれど、足のしたからジワジワ熱いのが涌いていてちょうど良い湯加減。一時間ぐらいみんなで大騒ぎ。

  10分ぐらい林の中を歩いて足付温泉へ。
自然の岩だらけの海岸温泉でここも台風のため湯船が岩石で埋まってしまい入ることは出来ない。 何処が湯船だったのかも分からない。 残念でした。

  2・3分の所に松ヶ下雅湯。  TVで見ていた岩の大露天風呂、ショベルカーが湯船の中で働いている。一抱えもある丸い石が浴槽いっぱい詰まっている。どうしたらこんなに重い石が手すりを乗り越えて入ったのだろう。  自然の猛威、初めて見た波の力のすごさ、信じられない。地鉈温泉入口で
 今回ほどすごいのは初めてと、地元の人たちが修復している。  ヒゲミヤさんが「驚いたね!!」ポツンとつぶやいた。

  地鉈温泉に下る手前にある「憩いの家」(有料温泉・200円)に入ったとき、70才位のおばさんが今年の台風は12メートルぐらいの波が来た、と言っていた。その波があの石を湯船に運んだんだ、少し納得。

  夕食前、10分位歩いて泊海水浴場へ散歩。  静かな美しい浜「孫を連れて来たいね」、クロカンと話す。海面を風が渡っていくのがみえ、夕暮れの空に半月が出ていた。
夕食はメジナの煮付け、カンパチの刺身、くさや、つみれ揚げ、アシタバのごま和え、もずくのみそ汁。前より悪いとクロカンが言った。

  ドボンさんのご挨拶。
検査してから闘病生活の様子等、辛いはずだったのに面白く、少し自慢げに話す様子は前よりも元気!!みんな何時になく真剣に聞き入っていた。
いずれ老化現象とともに少しずつ体力は衰えていくはず、ドボンさんの体験を参考にさせて貰いましょう。  ドボン先輩よろしくね。

10月12日
  新島えの船10分で着く。
港から歩いて10分、湯野浜露天風呂(無料)壮大な太平洋の景観が楽しめる。パルチノン神殿風呂、その下に滝風呂、異なった温度の6つの浴槽(湯の入ってない浴槽もある)。  周りは木製の床で、バナナを食べたり水分を補給したり、管理人のおじさんとおしゃべりしたり。DMK湯好会の専用状態での露天風呂は快い2時間でした。

15分位歩いて街の中心へ、昼には少し早いが名物のカンパチ漬ちらし、1800円を食べる。身が締まっていてご飯の甘みもおいしい。
地図を見ながら酒屋で焼酎、干物屋でトビウオのくさやをおみやげに買う。帰宅して翌日息子達が来たので、くさやの封を開けたら、焼いてもいないのに臭いをいやがられた。  おいしいからと言ってもぜんぜん食べない。

  間々下温泉(砂風呂700円)、浴衣を羽織り砂をかけて貰う、快い重さで、背中、腰、肩がジワジワ熱くなり、10分ぐらいで汗びっしょり。ガラスの様な透き通った砂が混じっていた。浴槽に入ったら若い女の子の肩と形の良いオシリが赤くなっていてかわいかった。

  実はここだけの話だけどドボンさんからG達にだけ、横須賀産の梅ワインを頂いた。キョウコGさんの友人からのサザエと一緒に夕食前に4人で飲み干した。
フルーティなおいしいワインだった。少し酔っぱらいになって4人とも、顔の筋肉がゆるんでしまいよく笑った。ドボンさん有り難う!!

  夕食後、昨日行った居酒屋に有志が集まる。早寝のエッチュウさんも本日は参加、ヒロコGさんうれしそう!!梅ワインの勢いで楽しいおしゃべり、暗い道路いっぱいに広がって歩く、晴れた夜空に星がたくさん輝いていた。

10月13日
  地鉈温泉に行く予定で準備していたらピンポンパンポーン「本日高波のため、ジェト船は欠航します」、お知らせチャイムが響く。台風22号の余波らしい。

このままでは帰ることが出来ない。ウコンさん達が港に釣りに行っていたので、携帯電話で連絡をとる。クロカンがドボンさんの携帯電話と連絡がとれ、宿と釣りグループの見事なチームワークの良さで、11時50分の大型客船の予約を取ることが出来た。いつもハプニング発生の時見せてくれる素晴らしい手際の良さ、特に今日、ドボンさんの活躍はかっこよかった(ちょっとオーバー!!ワインの力はすごい)。
予定の時間(14時30分)より早くなったので男組だけ「憩いの家」に行った。

  10時野伏港に向かう。
かめりあ号、3700屯・2等座席リクライニングシートに乗船。 すぐにレストランで昼食、カレー、牛丼、蕎麦、うどん、おでん、豪華な(?)ランチクルーズ。
8時間もかかるとのことで船酔いが心配な私は椅子を倒してとにかく寝た。しかし思っていたより揺れは少なく、少しずつ皆が動き始める。船の中を歩いたり、デッキに出て濃紺色の海を眺めたりしていた。

  トビウオのウオッチングは楽しかった。万里の長城、イヤ!新島の長城モドキ
海面を飛び上がり、長いひれを鳥の翼の様に羽ばたかせて10メートルも飛ぶ。まるで空をめがけて飛べるのを喜んでいる様だ。初めて見た、トビウオの舞。

  5時日没、三浦半島の上にグレーの富士山。観音崎灯台が白く浮き出ている。オレンジにかがやく太陽が緩やかな稜線に吸い込まれていく。イシコGとキョウコGが両手を合わせていた。

  横浜ベイブリッジの向こうに香港よりずっと上品なイルミネーション。 横浜の灯が輝いている。6時15分、横浜でドサンコさん、ドボンさん、ミッコさん、カドカドさんは埠頭に着けられたタラップを降りていった。 ハプニングのおかげで大型船でのお別れも体験した。

  7時50分、竹芝ターミナル着、全員無事に上陸。 浜松町の屋台のラーメン屋で今回の旅の終わりの食事。ドボンさんの全快祝いの旅だったのに、私達の方が楽しませて貰いました。 入れない温泉もあったけど台風のおかげで大型客船の旅もすてきでした。 ドボンさん、全快有り難う!!
各セクション担当の方々有り難う。  また連れってね。 サチコGでした。 (02/10/18サチコG 記)


● 箱根 温泉を語る会 (H14.8.31〜9.1)

ドボンさん  ドボンだ 「 箱根  温泉を語る会 」 の紀行文を送ります。会員諸君、心を清め正座して読めよ。ヒゲミヤさんの別荘の温泉で

  8月31日(土 )、 8月も終りだと言うのにクソ暑い日、人相の悪い9人が東名高速足柄SAでなにやら相談しているではないか。車3台に分乗し、いましがた到着したばかりだ。
  時間は午前11時、コンクリ−トに太陽の熱が反射し、高所にあるSAも暑さで茹っている。遠く富士山の方からは、雷のような音が絶え間なく聞こえてくる。
自衛隊東富士演習場で、公開の実弾演習が開催されたと帰ってきて新聞を見て知った。参考までに使った弾薬32トン、掛かった費用3億2千万との事。不景気な日本なのにな〜と思ったが、まあ砲弾屋さんが儲かったかなとか。

  一行9人は御殿場インタ−を出てすぐの、そば屋金太郎に入る。御殿場観光協会のチラシによると、その昔 箱根外輪山の麓に住む金太郎が、武士を目指し都に行く時、村人が山芋で作ったそば弁当を持たせ、そこから店の名前をつけたとか。大盛りそばの多いこと、意外と美味かった。

  満腹の一行は箱根乙女峠を越え湖尻へと向かう。芦ノ湖の手前左側に燦然とそびえ建つヒゲミヤさんの別荘マンションに到着。 (名前を忘れた ゴメン )
標高が500メ−トル近いためかやけに涼しい。周囲を林に囲まれ吹く風が気持ち良い。エアコンなんか必要としない理由が判った。
10人位が一度に入れる風呂に入る。この風呂もなかなか良い風呂である。その昔、関係者以外が無断で使用したので、暗証番号で扉を開けて入る事になっているとの事。
  夕方、沼津の丸天まで車2台で食事に行く。美味しい魚料理を久しぶりに食べた、あ〜満腹。

  翌朝、有志5名は5時半起床、芦ノ湖にウォ−キングに行く。湖畔に写る朝日が当たる山々が美しい。芦ノ湖には釣り箱根 温泉を語る会のご一行 この外に2名(ミッコ、ドサンコ)いるのボ−トが40隻位浮かんでいる。
朝早くから釣りするバカもいるもんだと思いながら、往復6キロのウォ−キングをして戻る汗びっしより。

  11時前温泉玉子を求め、いざ大涌谷へだが途中混雑のため、某露天風呂に向かう( 秘密の温泉のため名前は出せない )
入り口で料金を払う 。係の人曰く  「 ここの露天風呂は混浴です。今女性が2名入っています」 との事、9人一斉に顔がほころぶ。
  露天に行って見ると誰も入っていない。あ騙されとたとNさんが怒っている、これも客を呼ぶ手かもしれない。まあ女性はどうでもいい。 この露天から見る箱根の山々は最高だ。大文字焼きの大の字が目の前にせまり、大パノラマが展開している。また入りに来たくなる露天風呂だ。

  その後、途中で食事をし別荘に戻る。午後4時、御殿場経由2台と小田原経由1台に分乗帰途に着く。参加のみなさんお疲れ様、別荘を提供して頂いたヒゲミヤさんありがとうございました。
また、我々のため事前に掃除等して頂いた、ヒゲミヤさんの奥様 誠にありがとうございました感謝します。

追伸  きれいに掃除もしないで帰ってしまいゴメンなさい。(02/9/2 ドボン記)


● みちのく温泉めぐりの旅 (H14/7/19〜22)

     参加者(9名):クロカン、サチコG、ヒゲミヤ、イシコG、アロタツ、キョウコG、ジィーメン、アロイ、ドサンコ(敬称略)

ヒゲミヤ夫妻  19日夜、レンタカー・トヨタハイエース、愛称”ラブワゴン”はDMKのメンバー9名でみちのくゴミ袋45L裃ペアルックのヒゲミヤ夫妻の秘湯へ出発。
しばらくの間ラブワゴン内はワイワイと元気がいい。途中どこかで仮眠をとったが年のせいかさっぱり憶えていない。
古川で東北道を降りて、田圃の中を走って--------最初の湯に到着。

1、川渡温泉(鳴子町)
   地元の人のための共同浴場で、こざっぱりとしてきれい。
お湯は少々みどり色がかっていてとても熱ーいお湯でした。
この湯でパッチリと目が覚め次へ出発。

2、尿前の関
 芭蕉の奥の細道で有名。
「のみしらみ 馬が尿する 枕元」の句が作られた家を探したが見つからずに残念。
鳴子ダムでおにぎりの朝食。

3、鬼首温泉
  ここの地獄谷は遊歩道が紫地獄、ワラビ地獄等のいくつもの噴出口につながっていて、至るところで「ゴーゴー」、「ボッコボッコ」とすごい。
まずはここでゆで卵作りをする。
  あいにくの雨でヒゲミヤ、イシコGはレインコートのペアルック・名付けて「ゴミ袋45Lかみしも風」(ヒゲミヤさん荒湯地獄一寸サイズが小さめでボンレスハム状態)
次回は60L位にしなくちゃーね!!
荒湯地獄で見つけた蛇の抜け殻は、アロタツさんが大切に持ち帰ってくれましたので皆様のお楽しみに!

4、峰雲閣の湯滝
 前にテレビの温泉番組で見て一度行ってみたいと思っていたところです。
湯滝は露天風呂の前の川で全体が温泉の川です。
内湯は男女に分かれていて、女風呂の窓の外の少し離れたところに滝があり滝壺に緑色のDMKタオルで大工巻きにした頭が見える。
  前回は残念に終わったサチコGを先頭に我がG達も滝壺へ。流れる湯がちょうど良く、気持ちがいい。
もみじの木が屋根のように覆い紅葉の頃はどんなだろう。旅館前の間欠泉は20分に一回10メートル位であがる。
それを見ながらゆで卵を食べる。やっぱり美味しいね!!

5、小安峡
 国道よりはるか下にある渓谷で、100メートル位の長さに沿って、脇に川が流れ遊歩道があり、側の崖のいたる所から温泉の蒸気と湯が噴き出してかかりそうで熱い。
こんな風景今までに見たことがない。何年か前にクロカンさん達はこの川で泳いだとか。その時ここで作ったゆで卵を卵嫌いなエッチュウさん、4個も食べたそうですよ!!
  ヒゲミヤさんのジェスチャーとおりのつらいつらい上りの階段、たどり着いたときは死にそうでしたがアロタツさんの差し入れてくだ川原毛の大湯滝さったアクエリヤスが私を救ってくれました。

6、川原毛の大湯滝
 小安峡を後に我”ラブワゴン”峠をくねくねと山を越えたらしいのですがドライバーのヒゲミヤさんを除き全員ぐっすりお昼寝タイム。
いつの間にか川原毛の大湯滝に到着。湯滝に行くために、またまた数十メートルを下りなければならず気が重い。
途中でおばあさんが登ってきたり、小さな子供がいたりで私もがんばらざるをえない。20メートル近い滝が一気に落ちるので風が起こり滝壺の近くには寄れません。石につかまっていても水の流れで押し流されそう。
その上温泉の成分のせいか目も痛い!!
  少し下の方で流れに浸っているととても気持ちがよい。湯温が低めなので出ると少しヒンヤリとする。20人位の人達が楽しんでいました。
帰り支度に更衣室に行くと腰の曲がった老夫婦がいた。
「おじいさん男性は隣ですよ!」
「○□×◇○△×◇□×だちゃー」
「????」
おじいちゃんなまりがひどくて分からないが、たぶん人間生まれたときはみんなハダカだちゃー、と言っているらしい。
「ま、いいか」
  それにしても腰が曲がっても二人で楽しんでいるとはなんてすばらしいことかと感心する。
でもねおじいちゃん、次にここに来る時はよそ行きのピッカピカの黒い革靴やめた方がいいよ!!
須川温泉
7、阿部旅館(大湯温泉)
  長いドライブ後、やっと着きました最初の旅館。
皆ぐったりなのに温泉の臭いがするとがぜん元気になるのが不思議です。
G達は「ゆゆ着」(峰雲閣で購入)なるもののファッションショウを始める。
丈が短いだの、色が派手すぎるだの、これで皆一緒に入ると人目につきすぎるだの大騒ぎ。
結局、お遊戯会の衣装にはぴったりということで一件落着。
  ここの湯は男女それぞれ3ヶずつで、掃除が行きと届いていて気持ちがよい。露天風呂の前の川が川風呂となっており水が少ない時は入れるとのこと。
雨の後でダメでした。 それでも男性は川に下りて夜遅くまで自分風呂を造っていたそうです。

8、須川温泉
 「又来てたんせ!!」を後に秋田と岩手の県境にある須川温泉へ。
硫黄泉で大変古くから地元の人々の憩いの場所となっている所です。
観光バスで多くの人々がやってきて温泉を楽しんでいました。

9、康楽館
  一関で東北道に入り小坂で下りる。クロカンさんが前来たという。
本格的な芝居小屋。
小坂の鉱山町で栄えたもので今でも旅回りの芝居を見ることができるそうです。
建物は実にいい雰囲気を持っていて、できれば中も見てみたいと思いました(チビ玉兄弟の芝居でも見てみたいなあー)
我がG達も芝居の話しに花が咲く。
  あれやこれや話している内にDMKのメンバーの出し物として「越後屋、お主も悪よのー ヒッ、ヒッ、ヒッ---」がいいということになり、キャストはすぐに
決定!!(適材適所でピッタリです)が脚本がない。誰か考えて!!

10、八九郎温泉みちのく温泉めぐり旅一行
 クロカンご夫妻が大変な苦労の末に探したという温泉。
お話の通りに田圃の中に湧き出ていた。湯温も良い加減で赤い湯が掛け流し。
思わず飛び込むヒゲミヤ、アロタツご両人。大変満足の笑みでした。

11、酸ヶ湯温泉
 今回一番に入ってみたかった温泉です。
300年もの昔から硫黄の湯が絶えることなく、人々に親しまれた千人風呂は有名です。あまりの大きさに目を見張るばかり。
1日2回女性タイムの他は混浴です。この地方のお年寄りの湯治宿として親しまれているそうです。
  今回DMKも湯治棟に宿泊、食事は旅館部と同じもの。
部屋は古いが清潔で布団もフワフワできれいで気持ちが良かった。食事も身体によい素材のものが多く大変美味しかったです。
帰る朝、おばあさんが「もう帰るってか、もっと居ないと良さがわからねーよ、
東京なんかに帰らないでここにしばらく居ればええのになー」なんだか心暖まる会話の後、酸ヶ湯をあとにした。

12、蔦温泉
 酸ヶ湯から少し十和田湖の方へ向かった所にあり明治からの古い温泉です。
40年くらい前にジーメンさんが訪れたことがあり、その時の水洗式トイレのなごりが今でも見ることができた。源泉は湯船の真下にあり板と板の間から透きとおった湯が湧き出ています。
何とも柔らかでいい湯でした。
  今回の旅最後の湯のためか皆さん大変お疲れ気味。
湯椅子を湯桶と勘違いされ、ひたすら湯をくむがなかなか溜まらないのに気がつかず続けていた方がいらしたとか---。

  この湯をあとに我「ラブワゴン」は帰路に就きました。
車中は和気相合、色気はないが眠気は旺盛、食い気はそこそこという大変愉しい旅でした。
ドライバーの皆様、計画されたクロカンさんはじめメンバーの皆様本当にありがとうございました。 (02/8/3 イシコG記)


● 平湯の森 温泉旅行記 (H14/5/25〜26)

キョウコGさん  5月25日 いよいよ待ちに待った平湯の森温泉旅行です。 私もこれで、3回目の参加です。Gさん達と2ヶ月振りの再会に、話しが弾む。
もちろんDMKの皆さんとも・・・生き生きとして、楽しそうな顔、顔、顔。7.30分 いざ出発。平湯の森 露天風呂

  中央高速で、八王子まで渋滞 談合坂で休憩を取り後は大月まで車はスイスイ 諏訪湖サ−ビスエリアで良い空気をいっぱい吸って・・松本ICで降りる。残雪のため、乗鞍高原スキ-場でUタ-ンし途中流しの源泉でゆで卵を作る。(源泉の持ち主かな?心配して見に来たり、遠くから見張っているヤバイゾ−)
焼岳を前にしてゆで卵も食す。これが美味しい事!!! クロカンさんに、西穂高岳独標付近で、アロタツが遭難しかかった事を聞きながら・・・・・・・・・
本人から聞いてはいたけど実際に目にすると背筋がゾ-ッとする。 「遭難していたら今頃、私もアロタツもここにはいません」。

  そして、北アルプスと湯けむりの里、新穂高温泉の佳留萱の湯。お肌ツルツル すごく気持ちいい。ここの女湯から混浴に移動(バスタオルを巻いているが、
チヨット恥ずかしい・・・・・・・)

  いよいよ目的地の奥飛騨温泉郷 平湯温泉ひら湯の森。ここは奥飛騨温泉郷の中でも、もっとも歴史ある温泉で、その昔 武田信玄が、飛騨に訪れた時、一匹の白猿が湧き出る湯に傷を癒していたのが、発見の由来と云われているそうです。
食事を終え(飛騨牛・お酒もGood)いざ今宵の温泉へ。 森の中に露天風呂が男 6 女 7 計13.部屋の中に大きな釜風呂 2も---云うことなし。言葉もありません。

  夜に入った露天風呂 Gさん4人で、7つの湯を民族大移動「猿軍団」。 湯の中の移動は、思い出しても吹き出しそうです。 お猿が連なって・・・・・・・皆んなで大笑いです。 満天の星。北斗七星それは手に届きそう・・・そして満月。 今にも狼が、吠平湯温泉グレース陣えそうな・・・・。露天風呂でペチャ クチャ。 もう学生時代の修学旅行の様です。

  その後はGさん達も男性群の部屋に合流し話題万笑・・・・・・・・。久々の全員大宴会で、おおいに盛り上がる。時間もたけなわに入り、女性人退場。又、又釜風呂に入る。 部屋に戻り、2次会、話しは尽きなく、2時頃まで・・・・。 翌日26日早朝から、露天風呂、夜と違いオゾンたっぷりの清々しい空気を吸って・・・・・これまた最高!! 朝食も美味しい。 平湯の森を出発車で5〜6分の所に不動明王、神の湯あり。 女神湯(めがみ?)別名 仇討ちの湯と云うそうです。女湯が、男湯より上にあり見下ろす事かららしい。

  次にめざすは濁河「にごりご」温泉。 エッチユウさんの云うス−パ−林道をくねくねと登り、約800mのところに露天風呂!!これがまた素晴らしい。濁河温泉から白樺ラインを通り、開田高原へ。 このラインもメルヘンチツクないい景色。 御嶽山を目の前に、「物知り博士のクロカンさん曰く、日本3,000mクラスの13ある中の1だそうです。」 絶景 !! 段々と山を下り、渓流釣の里みやまえんで手打ちそばを食べる。 おちょこ一杯の七笑のお酒回し飲み実に旨い。

  みやまえんを後に、木曽路 奈良井宿「中仙道日本一の宿場街」。 私事ですが、29年前に、越後屋に宿泊しすごく懐かしかったです。Gさん達と民芸会館でおみやげを買い散策。 上問屋史料館へ向かう。 幕府の役人や、諸大名、一般の旅行者用として幕府が定めた一定数の伝馬「宿駅用の馬」と歩行役(人足)を定備しており、木曽11宿あり、1宿につき25人の人足と25疋の馬が、用意してあったそうです。 これを管理運用していたのが、問屋(といや)であり、慶長1602年〜明治維新までおよそ270年間継続して問屋と庄屋も兼務していたとの事。 その当時の古文書や日常生平湯温泉ご一行(背景が最高)、残り半分のメンバーはゆで卵作成中活の諸道具が展示してあります。

 散策後は徳利屋さんで、それぞれお汁粉、コ−ヒ-、五平餅・・・を頼む。300年位続いているお店はどことなく、重要伝統的建造物を醸しだしている。木曽奈良井宿を後にする頃から雨が降り出す。 (帰り際で良かった。ツイテいるね!)
塩尻から中央高速で東京へ。 車中塩尻から須玉へ向かう途中虹を見る。 DMKの皆さんも見たと思いますが、一つは、はっきりした虹、もう一つは二重の虹。
これはきっと、全員の方々にいい事が、あるかも・・・・ でも、渋滞で、いい事なし。やっとの思いで談合坂に着く。軽食を取り、いよいよお別れの時です。

  エッチュウさん、ミツコさん長い時間運転ご苦労さまでした。そして有難うございました。クロカンさんはじめ幹事のウコン坊さんお世話様でした。ヒゲミヤさん美味しいお酒ご馳走様でした。・・・・・・・ 次回も、美味しいお酒楽しみにしています。そしてドサンコさん いつも忙しい時間を縫ってのメ−ルの整理、恐縮しております。 会計のシオジイさんお世話様でした。
「G」さん達へ。 とっても楽しかったで〜〜〜す。 7月の東北旅行の再会を楽しみにして。キョウコ「G]の平湯の森温泉記を終わります。(02/5/28 キョウコG記)


● 野地温泉 旅行記 (H14/3/30〜31)大内宿でのグレースさん

ハルコGさん    30日(土)・・・・常磐自動車道 守谷SAに集合した後、磐越自動車道 綿引三春ICで降り、三春人形の故里 デコ屋敷資料館へ。
和紙を用いた張子の人形を作っているところが実演されており、紙張り、型抜きなど工程順に見られ、張子の手法が良く解りました。
  ひょっとこ や おかめ のお面を被り踊ってくれた男性はTVにも出たことが有るそうで、楽しく愉快な踊りで笑ってしまいます。達磨さんのような縁起物や歌舞伎役者など、300種ものお人形が有るそうで資料館に展示された様は圧巻されます。

  次に寄ったのが、安達太良高原・岳温泉「アークホテル」。内風呂露天風呂とも乳白色のかけ流しの、湯の花がハッキリわかる源泉100の温泉でした。確か以前に火事になった温泉場?---と、記憶しておりますが。
そして、今日の泊まりの 野地温泉「野地温泉ホテル」へ。野地温泉の原点と言われる、檜の「千寿の湯」は改修中とのことで入れなかったのがとても残念!!   大きな露天風呂の「鬼面の湯」や女性専用露天風呂「羽衣の湯」、湯船に入ったまま行ける露天風呂「天狗の湯」など硫黄臭の黄色い温泉。湯あたりのいい幸せ気分100%の本物の温泉に入れました。
  夕食も、鍋物.刺身.煮物.茶碗蒸.酢の物など 11品、それに果物。ごてごてしていない素朴な お味で、大変美味しく戴けました。朝食は7品。お味噌汁が少し薄味なのが残念! 千寿の湯が完成しましたら、ぜひ、もう一度来たいと思います。

  31日(日)・・・・新野地温泉「相模屋旅館」の女性専用野天風呂は先客が居たために入れず! 檜の板張りの内湯には入れました。
源泉をそのまま引いた、昔ながらの風情ある乳白色の柔らかなかけ流しの温泉です。私の好みにあう温泉でした。
湯好会野地温泉ご一行様
  湯野上温泉を通り越して、「塔のヘつり」 へ。浸食作用によって、あのような幾つもの塔のへつりが出来たのでしょうが自然の力の威力には、ただただ 驚きの一言。川との景観の様子は一寸言葉では、とてもとても説明がしきれない雄大さです。
  吊り橋のたもとにある茶屋でいただいたお味噌汁と、揚げたてのふきのとう の天麩羅は美味しかったですね。何も買わないで一寸申し訳なかったかしら。

  湯野上温泉に戻ってから、会津西街道「大内宿」へ。江戸時代の宿場の面影を残す集落ですが、白虎隊で有名な会津戦争の戦場になった所だそうです。萱葺きの重厚な一軒家が道の両側に合計40軒ぐらいあり、それぞれ何かの商いをしている様は見ていても飽きません。ここで お蕎麦をいただきましたが、みなさんお味はどうでしたか?

  ここから東へ。
旧道にある湯本温泉「湯口旅館」に付随する、建物が六角形という共同浴場の外観を車内から見て、今回の温泉旅行は終わりです。白河ICから東北自動車道にのり、佐野SAでお茶を飲んで解散。

  企画を立てられた クロカンさんをはじめ、車を提供し運転をされた方、会計を担当された方、そして本物の温泉を愉しむために参加された皆様、大変お世話になりました。そして有り難うございました。また、DMKの行事でお会いできる事を楽しみにしております。(02/4/3 ハルコG記)


● 雪の草津温泉 (H14/1/26〜27)
 
ヒロコGさん  1月26日DMK湯好会16名が、車3台に分乗し、三芳インターで集合。 Gさん5名同行、良い天気に恵まれ目的地に向け出発。
渋滞に巻き込まれての行程も楽しく、関越自動車道をひた走る。 渋川・伊香保インターで下り、一路草津に向かう。途中、いずれダムの底に沈んでしまう川原湯温泉に立ち寄る。たまごを茹でるため、何とか温泉神社に向かう。草津温泉ご一行様
 たまごが茹だる間を利用して、共同風呂の王湯に入る。スベスベのお湯が内湯、露天風呂にあふれていた。デヴィ婦人(エッチュウさんはこの人が嫌いです)が先週TVに出ていました。

 出てきて、ほかほかのたまごをほおばる。おいしいーーー!! 誰だかが、4個も食べたひとがいたって。 白身がプルプル、黄身がいい具合。
  途中、名代?の手打ちそばを昼食に、草津温泉に向かう。道の両側に雪が見え始めた頃、いで湯草津温泉に到着する。
草津ホテルは雰囲気のある和風の温泉旅館で、「歓迎! DMK湯好会ご一行様」の看板に感動!(こんなのはじめて)
荷物を部屋に放りだし、西の河原にレッツゴー。巨大露天風呂に、手足をのばし・・・・・うーん 極楽!ごくらく!

 夕食は、豪華!豪華! ホテル自慢の 白淡紅花 なるお酒が口当たり良く、いけるいける!!! 食後、男性は外湯めぐりに。グレース連はそれぞれの内湯に入る。 草津ホテルの湯は、西の河原の湯を引いているそうな。夕方から降り始めた雪は、翌朝には60〜80cmの積雪となっていた。

 早朝、5Gは大浴場の露天風呂に・・しんしんと降るゆきの中、感動入浴 満足!満足! いつまでも入っていたい気分。
雪の中、そこそこに外湯めぐりに出かける男達をしりめに、コーヒーを飲む。予想外の雪のなかを出発。長野原を経て中之条にでて、四万温泉に向かう積善館の古色蒼然としたたたずまいに「感動した!!」
まずは、途中で仕入れた、おにぎり、サンド、カップラーメンでの昼食。「元禄の湯」レトロ調なのに何故か、懐かしい雰囲気を満喫する。蒸し風呂も体験、5つの浴槽を渡り歩いてふやける。十分堪能して、積善館を後にする。
帰路には、会ご推薦の沢田農協立ち寄り、沢田手作り(?)の味を買い込む。

 楽しい一泊二日の旅でした。各、セクションを担当していただいた皆様に感謝いたします。(02/1/30 ヒロコG)

    ※ 「草津 G−5 サミット 決議表明
       歴史あるDMKの友情を理解し、良い環境を継続していくために、
       協調性を保ち、慎ましく行動する事を決議する。
       だから・・・また連れてってネ。
               さちこ、いしこ、はるこ、きょうこ、ひろこ G


● 湯好会納会・八丁の湯、川俣温泉旅行

エンチョウさん  「興隆の可能性を秘めた静かな改革の年」と称された平成13年もあと残すところ1ヶ月余り、湯好会恒例の納会露天風呂を川俣温泉で催すこととなった。
  今回は3台の乗用車が参加。佐野SAで合流のはずが、いつもの通りエンチョウの携帯が不携帯の状況にあり、その先の都賀西方PAで落ち合う。久し振りの面々がようやく集まった。
参加者はクロカン、ヒゲミヤ各ご夫妻、エッチュウ、ウコン、アロタツ、ドサンコ、ミッコ、ホケンヤ、アロイ、そしてエンチョウの12人。アロタツ、ミッコ、ホケンヤさんは久々の参加。八丁の湯

  車は一路北へ、宇都宮ICから宇都宮・日光道路に入り通行量の少ない有料道路を今市ICで下車、道路標識の外気温は6度。近くの日光味噌たまり漬け本舗にて試食を口にしながらショッピング。毎回、ヒゲミヤさんの買い物の量には驚きだが、多分にもれず車の中に。道路は鬼怒川バイパスから川治温泉を過ぎ、塩原温泉方面の分岐を右に見て左折、鬼怒川沿いにさらに車を進める。昼食には少し早いが、栗山村の川原で石を拾い集めた即席のカマドに鍋を乗せ、ウコンシェフ特製の鍋料理が始まる。

 鍋料理の材料(コンニャク、厚揚げ、里芋、キノコ各種、人参、ゴボウ、ネギ、大根、レンコン)それに(シェフから特別に記述を指示された有機栽培無添加)味噌を加え、煮込むこと30分、試食では下味がつけられていたためヒゲミヤさんのゴマ、エッチュウさんのショウガ、エンチョウのニンニクの味に苦言。しかし、シェフ一喝の味が加わり旨味は倍増。食べ終わってみれば皆な満足顔。特にエッチュウさんも、エンチョウさんも1m近い腹をなでつつ満足、満足。

  2時間の食事の後、S字カーブの連続を過ぎ女夫渕温泉へ。この露天風呂は七福神プラス絶世の美女が入浴している天女の湯、合わせて8つの湯に浸り、入浴後本日の宿一柳閣へ。夕食はホテル食であったが、内容的には8月の高山温泉瀧の湯の方が家族的な料理の味に感じられた。
なお、本日、午後14時43分、雅子妃に女の子が誕生したことを記録にとどめたい。

  翌日は、女夫渕温泉から八丁の湯がさしむけてくれたマイクロバスに乗り30分余り、野趣いっぱいの露天風呂に浸りながら今年の反省と来年の湯好会を計画する。

  帰路は栗山村の田中屋でウコンさんお勧めの「大盛りソバ」「ソバがき」を賞味。山椒の実の佃煮をみやげに一路帰途に着く。練馬のウコン宅には16:10PMに到着。
1月の草津温泉での再会を約束して散会。楽しく身も心も温まる湯好会であった。

  1年を振り返ってみると今年は6回の湯好会だったが、第一に全員が「健康」であること。第二には定年近く、また、定年後の会員にとって安価な会費で参加できることは、クロカンさん、ヒゲミヤさん、エッチュウさんの乗用車を「自己負担」で提供していただいていること。第三はいつもバイタリティーなウコンさんの「活動」があること。などが楽しさを一層倍加させてくれたものと思う。

  来年も楽しく、健康に満ちた湯好会であることを祈念してペンを置く。(01/12/5 エンチョウ記)


● 「DMK湯好会」タオルのこと

クロカンさん  「DMK湯好会」の温泉タオルがやっとできあがりました。先日の赤湯 好山荘の温泉行きでデビュウしました。なかなかの好評とタオル作成委員としては自賛しています。
当初、10万円近くかかる予定が半分以下になり、多い人は15枚、少ない人でも3枚は手にすることが出来ました。赤湯の露天風呂で

温泉宿でサービスにおいてあるタオルでは薄くて短くて私には使いづらいので、スポーツタオルを常用していたのですが、新しく作るに当たって、
    1.長さが1メートル以上ほしい
    2.あまり厚手のものは絞るのに力がいるから長ければ少し薄手のものにしたい
    3.色を染めて文字を浮かせたい
    4.手頃な値段
こんな条件でタオル屋さんと交渉をしました。

  会社で挨拶用に作っているタオル屋さんとインターネットでピックアップしたタオル屋さん2社の3つの所と交渉をしてやっと気に入る材質と値段を決めました。地の色はエッチュウさんの要望により明るいグリーンにしました。文字は中房温泉でウコンさんより「湯行会」との提案があり、ドサンコさんが字を替えて「湯好会(湯が好きで湯に行こう)」がいいと言ってましたのでこれに決めました。従来の「DMK温泉の会」よりすこし、らしくなりました。文字の形はエッチュウさんは明朝体との事でしたがポップ体Bの中から選びました。全て独断と偏見で決めたようにみえますが、一応はヒゲミヤさんとアロイさんの了承を受けて決めました。

  姥湯でみんなが同じタオルを持って入ったのは少し異様でしたが、充分に人目を引いたのではないでしょうか。質問をしてきた人もいました。これで今後、5年間ぐらいは使えますので次に又作ることはないと思います。大事に使ってください。(01/10/18 クロカン記)

エッチュウさん  先日のゴルフの時、クロカンさんから、タオルを受け取りました。なかなかの出来映えでした。すでに、使うチャンスを得て、温泉に行った皆さんは、羨ましいよ!
色は、私が考えていたものに、ほぼ近いものでした。温泉の湯に浸した時の色の変化を見てみたいと思い、自宅の風呂に浸けてみました。まあまあ・・
水の切れ具合もなかなかのもの、非力なエッチュウさんには丁度かな?担当の皆さんに有り難う!!!
  まだ、手に入れていない会員諸氏、早くしないとプレミアが付いてしまうよ!!!(01/10/18 エッチュウ記)


● 温泉の入湯数

クロカンさん DMK湯好会の温泉行きも年に何回も行くようになりました。
今年も1月の那須 北温泉から始まって泊まっただけでも、屋敷温泉、中房温泉、滝の湯、赤湯と5湯、まだ行くようなので今年中に6湯は数えるのではないかと思います。 数多く行くといくつ湯に入ったかが気になります。

 日本には約3千の温泉があると言いますが「日本百名湯」を書いた美坂哲男氏によれば戦後(昭和30年頃ではないかと思う)の頃の記述に、当時1200湯の温泉を全て入ろうと決意したと書いてあります。
昭和60年の時、2千湯の入湯の達成と書いてあるので30年近くに800湯以上増えたことにな全国天然温泉宿情報り、そして現在は3千湯を超えているといいます。

 余談ですが、「日本百名湯」(著者 美坂哲男 上下2巻 昭和61年に第1刷が発行され、昭和62年第2刷が出て、私は第2刷のものを購入した)と翌年発行の「諸国いで湯案内」(著者 美坂哲男 全7巻)の2ツの本は私にとって衝撃的な本で、それまで全国の温泉だけを書いた本を私は知らず(大正の頃田山花袋が「日本温泉めぐり」書いている)、旅行案内の本に出ているメジャーな温泉しか分からず、一軒宿の温泉の様なあまり関心が持たれない温泉宿は、時に山の帰りや旅行の途中に見つけたり、人に教えて貰ったりして入れさせて貰うしか入る方法がなかったのです。この本は一軒宿のオンパレード。
 この本を参考に、それまで観光を主、温泉は従、という旅行方法がだんだんと、温泉が主、観光は従に変わり、現在では温泉のみとなってしまいました。
この本に影響された有名人も多いらしく、温泉の本にはよく孫引きされています。

 余談はさておき、入湯温泉数の1湯とは、美坂氏によれば何々温泉という固有名詞を1湯とし、同じ温泉に何回行っても、違う旅館であっても、源泉が違っても温泉地名が同じなら1湯とする、という数えかたです。
草津温泉のどの湯に何度入っても草津では1湯入湯になり、塩原温泉の場合は、例えば塩原大網温泉、福渡温泉、塩の湯、塩釜温泉、畑下温泉等々、別の温泉と言うことでそれぞれ1湯に数えます。 
従って、引き湯をし全国温泉案内ていても温泉地名が違えばこれも1湯に数えます。福島の新甲子温泉は奥にある甲子温泉からの引き湯であるが温泉地名が違うので1湯。

 また、温泉チャンピオンの郡司勇氏は美坂式で入湯数を数えているが、別府8湯の様に同じ温泉地でも500メートル以上離れ、別の温泉名がついていれば加算していくという方式をとっている。氏は平成11年に2000湯を達成している。

 さらに美坂氏は入湯とは、「首から下全身を温泉で濡らせば入湯と見なす」という。少し長くなるが氏の文を引用すると「私が岡山県奥津温泉の山奥に垂れ流しの湯があると聞きすっとんで行ったところ、果たせるかな湯は山道に沿って流れっぱなしであった。湯谷温泉という。溜まっていないので下半身というわけにもいかず、私は裸になって一度は腹這って腹側半面を浸し、次に仰臥して背面半面を浸す。これでまあ全身を潤したことになる。「うらおもて入湯法」と命名された。
また、八甲田山山麓の新湯のときは熱い熱い湯が流れっ放し。「うらおもて」どころではなく、タオルを湯に浸し、フーフーと息を吹きかけて冷ましては何度も肩からしぼりかける「しぼりかけ入湯法」を案出した。」とある。入湯の定義がよく分かります。郡司氏は樋から落ちている湯に入ることを「アビルマン」とよんでいます。
 列島縦断2500湯
 8月の信州高山温泉郷の奥日陰温泉を掘ったときは湯がお尻を付けてへそまでしかない。軽く湯を肩にかけて1湯入湯となった。 では、数を数えるための温泉地の区別はどうするか、JTBで「温泉地宿泊情報」という本を毎年出していた。(最近見かけない)1994年版と1995年版を持っているがこの本に1880湯の温泉地が出ている。最近では「全国天然温泉宿情報」(2001年版)というのが旅行読売出版社からでて1475湯の温泉地が載っている。

 旅行読売出版社で去年だと思ったが「全国温泉大辞典」という本を出した。この本には2300の温泉をガイドしていると広告していたと思った。が9000円位したので買いかねた。誰か買って見せて下さい。

 2・3年前に日経新聞に松田忠徳氏が「列島縦断2500湯」を毎週連載していた。読んでる人も多っかた思う。2500湯を約1年半掛けて湯に入った紀行文だ。一冊の本になったものを先日、ヒゲミヤさんと一緒に購入した。しかし、1温泉地でいくつもの湯に入り、すべて数えている。
たとへば、黒川温泉の共同浴場「穴湯」338湯目「地蔵湯」340湯目と書かれているので2500湯といっても美坂式では、実際は2000湯位かもしれない。
でもかなりの野湯にも入っているので参考になる。ざっと見た限りでは信州や上州の湯にあまり入ってない。又、JTBの旅のノートに「全国温泉案内」があり1800湯の温泉地が書かれている。何湯入浴したかを数えるのに都合がよい。しかし割合有名な温泉でも書かれていないものもある。

 秘湯の超秘湯定義はいろいろあると思うが、この「全国温泉案内」に書かれていない温泉を坂本衛三氏(1997年で899湯)は「超秘湯」という。すなわち1800湯の中にない温泉というわけだ。去年の8月に行った「四万温泉」の奥の「湯の泉」とか、今年8月の「奥日陰の湯」、みんなで湯船を造って入った塩原の「甘湯新湯」などがこれに当たる。

 入湯何湯は坂本氏式の数え方がわかりやすい。この「全国温泉案内」を標準にして、これ以外の温泉を数えると日本全国の温泉を数えていける。
「全国温泉案内」に書かれている湯+超秘湯=何湯の温泉に入ったになる。 2000年の時点で湯名人 野口悦男氏(又は湯仙人。 野湯、手堀温泉の名付け親、氏は野湯は300以上あるという)は2987湯入湯し、500湯以上入湯者をもって温泉達人会に入会できるといっている。このような会のあるなしに関わらず500湯入湯というのは一つの区切りであり、金字塔であると思う。

 またまた余談であるが、野口氏の本を読むとバイク仲間の集会を野湯ですることがよく出てくる。バイクに乗る人に温泉を好む人は多く、いくつもの野湯で夏でも皮のバイク服を着た人にあった。こんな湯をどこで知ったのですかと聞くと、バイクの本に出ていたということが多い。
私自身もバイクの本で珍しい温泉を知った経験を持っている。
快楽温泉201
 我がサチコGによれば、「バイクの人は汗だくになるし、埃っぽいし、一度温泉に入るとあまりの気持ちの良さに、やみつきになるのではないか」とのことである。その通りなのかもしれない。

 いきなりバイク野郎の事を書いて面食らったのではないかと思うが、ホームページを見ているとバイクで温泉巡りをしている人はワゴン車で巡っている人と同じくらいいるのではないかと思う。バイクの方が山奥の野湯には行きやすいのは確かだ。

 まあまあ、それなりの温泉にいくつ入ったかを知るのに都合のよい本は1999年発行の嵐山光三郎著、決定版 「快楽温泉 201」(講談社)だ。(氏はこの時点で1200湯位といっている)
日本全国のおすすめ温泉が201湯が取り上げられている。浴槽だけで泊まれない温泉もある。 私は温泉は「泊まって温泉入る」を基本としているのでやはり食事や環境も気になる。もちろん価格も。そんなわけでこの「快楽温泉 201」は最近のものなのでいろいろと参考になる。

私が「快楽温泉 201」で入湯、宿泊を数えてみると、入湯122。宿泊66泊であった。さて、あなたは今までに何湯の温泉に入湯したのだろうか。(01/10/21 クロカン 記)


●赤湯温泉「好山荘」行について(01/10/13〜14)

  クロカンさん、ドサンコさん、アロイさんの無理難題なお薦めで、紀行文を記す羽目になりました。DMKの新タオルを持ったアロタツさん写真に前面のホ−ムペ−ジに載せますからと云われ、当人もついいいかな・・・・・と思いつつ・・・迷いつつも・・・・

  13日(土曜日)AM7:00 うこん坊さんの駐車場に集合。参加人員はクロカン夫妻、ヒゲミヤ夫妻、うこん坊さん、エンチョウさん、ドサンコさん、カドカドさん、アロイさん、アロタツの以上10名。

  磐梯国立公園・土湯峠温泉郷・赤湯温泉「好山荘」に向け出発。昼食はそば通であるヒゲミヤさんのいつもながらの薦めで、手打そばの山都(やまと)そば伝承館でつなぎを一切使わずそば粉100%の手打ち。
その店で一寸ハプニング、アロイさん注文の大もりそばは、かってに拒否され普通もりに。店員とやりとりしたが、そのまま押しきられました。帰り際エンチョウさん貫禄で一言「大もり来なかった、350円余計に払ったのに!」。店員素直にすぐ350円お返ししますと返してくれました。何かお困りの節はエンチョウさんに依頼して下さい。ヒゲミヤさんには常々隠れたそば所に連れて行って頂き有り難く、又楽しみに期待しております。次回も穴場を紹介して下さい。
帰り際にうこん坊さん、ガソリンスタンドで燃料補給の際、新そば食べたと主人に言う。主人曰く・・「新そばは10月末に出ます」と一蹴されましたが・・・・・

  クロカンリ−ダ−さんがまとめて御手配頂いたDMK湯好会の新タオル完成、祝・・祝・・祝い。グリ−ン地に白抜き文字で2001と入ったタオル、一同広げて各一人ずっ露天風呂にて写真を撮る。
凄くいい出来映えで湯につけると濃グリ−ンに変り、全員大変お気に入りお世話になりました。余分に持っている人プレミア付で売ることにしよう。

  「好山荘」の露天風呂は、すぐ入るには事のほか熱い。ヒゲミヤさん、ドサンコさん、カドカドさん、アロイさん必死に源泉を水割り・・・・いい湯加減に・・・・調整、頃合にクロカンさん、エンチョウさん、アロタツが入る事が出来ました。又、今後の熱湯温泉でも前記の人達は心よくやってくれるでしょう。ヒゲミヤさんは、2人奥方さんの為に親切に水割りを行っていました。親切だな・・・それとも?・・

  いつも常連のエツチュウさん、ドボンさん。うまいきのこ汁、温泉大変結構でした。次回は業務を断ってでも参加する事。人生余り長くは、ないのでは・・・・・

  又、翌日にはクロカンさん、ヒゲミヤさん、うこん坊さんの提案で、山形県の仙峡「姥湯温泉」へ朝食後出発。姥湯に着くと片側の断崖絶を仰ぎ見て、全体を見渡すと普通の山合いでは、青々としていた木々も、ここでは赤、黄、朱、オレンジなどと色を変え、山々が秋色に彩られ大変素晴らしい眺めでした。

  秋の色の中にゆったりと秘湯の源泉に浸り、何も考えず温泉に浸る醍醐味。「好山荘」では秋の味覚でもあるきのこ汁、山菜料理がとても美味でした。 (01/10/14 アロタツ記)


●信州高山温泉郷 松川渓谷温泉(01/8/25〜26)

ドサンコ  参加者 : クロカン、ヒゲミヤ、ドボン、エンチョウ、アロイ、ドサンコ (計 6名)

 3ヵ月振りの温泉行で、今回はどんな温泉にめぐりあうのか気分はワクワク状態。やはり夏休み最後の週末とあって、道路は朝からコミコミ状態。関越道三芳PAで全員合流。
クロカン車には、ドボン、エンチョウ、ドサンコの軽・重・中量級の3人、ヒゲミヤ車にはチョー軽量級のアロイが乗車。ヒゲミヤ車の調子がイマイチで、競馬並みにハンデをつけたという訳。奥日陰の湯を目指して
 八風山トンネルまでは断続的に渋滞。クロカン車にはカーナビが装備、渋滞状況も画面に表示されウグイス嬢のきれいな声の道案内「次の交差点を右に曲がります」に、思わず「ハイ、分かりました」。
いつも不思議に思うのだが渋滞のノロノロ状態が一転してスイスイ状態に、今までは何だったんだ...という気が。人間の心理でトンネルにさしかかると無意識のうちに減速してしまうらしく、それは電車の運転でもまったく同じらしい。

  須坂・長野インターで上信越道路を降り、高山村に入ってから蕎麦屋(高山亭)でちょっと遅めの昼食。注文は勿論[DMK]お昼の定番メニューの“おおもり”。本当に全員、よく蕎麦好きが集まったものだと感心。(隠れウコンならぬ隠れウドン派は?)
運ばれてきた“おおもり”は、チョー大盛りで一同盛り上がる。ところが器のザルが山状になった上げ底で、チョー大盛りはただの“おおもり”と判明し一同シュンと盛り下がる。

  今回の目的の一つである野湯“奥日陰の湯”へ。車止めのロープが張られてある七味温泉そばの川沿いの林道を30分ほど歩く。3日前の台風11号の影響で、道には落石があちこちに。藪をかき分け川原へ降りると黒い水溜まりがあり、そこが幻の秘湯といわれる目的地“奥日陰の湯”であった。湯は台風のせいでほとんど埋まっており、全員でシャベルや手で土砂をかき出すがなかなかはかどらず、ようやく2〜3人が腰まで浸かれるほどに(「写真T」ページ参照)。
クロカンリーダーによると腰までつかれれば温泉に入ったとみなされるとか。これらの温泉に関するウンチクや定義をいずれホームページに掲載してもらいましょう。


 松川渓谷温泉「滝の湯」は素泊まり・自炊も可の湯治場を兼ねたこじんまりとした宿。料金は1泊2食で8,000円と格安。露天風呂は混浴で湯船が広く大きく、周りの景観は今の時期でも緑がいっぱいで温泉浴と森林浴の両方が同時に楽しめるという贅沢さ。これを贅沢と言わずして何を贅沢と言うか。付近一帯が日本紅葉百選に選ばれたとのことにも納得。

  ウコン流に夕食の料理を紹介すると天麩羅(トウガラシ、シシトウ、インゲン、オオバ、サツマイモ等々の野菜中心+エ滝の湯・露天風呂ビ、キス)、茄子の蒸し物(茄子の中身をくり抜き、ひき肉とを自家製味噌であえ、それを茄子の器に入れ蒸したもの)、岩魚の塩焼き、おぼろ豆腐(自家製)、南瓜の煮物、とろろ蕎麦(自家製手打ち)、温泉卵、ゼンマイと根曲がり筍の煮物、その他で地の物中心、野菜は女将が朝取ったもの、皆満足の結構な味でした(写真を撮らなかったのが残念)。


  翌朝、また全員で露天風呂へ。ここの自慢は毎日湯を交換40分かけて抜き、10時間で一杯にするとかで、露天風呂の入浴時間は朝7時〜夜7時まで)、やはり新しい湯は気持ちよい。大きな風呂の他に一段下がった所にも湯船があり、あふれた湯が流れ落ちるようになっており、ここはケモノ用の湯にしているそうだ。
   湯上り後に朝食、ついでに朝食も紹介しておきましょう。塩鮭、具沢山味噌汁(おみお付けと女将は言っていた)、温泉卵、キュウリとワカメの酢の物、シソの実の醤油煮、漬物、デザートのオレンジで、朝飯はほとんど食べないアロイさんが全部食べたとのこと。
寝具も清潔で気持ちよく泊まれ、自慢の露天風呂の他に料理も結構、値段も安価、それにTVや娯楽設備等一切ないのもよく皆の評判は上々でした。

 温泉に関しては辛口批評のクロカンリーダーも、露天風呂もさることながら隅々まで掃除が行き届き、宿の主、女将のやる気や気配りが感じられるとの上位の採点。どうも宿のPR係になってしまったようですが(私が食べた岩魚の塩焼きが、皆のより少し大きかったような気がしてつい...)、今回来れなかったメンバーの皆さん、秋の紅葉時期にでもどうですか。見事な紅葉と運が良ければギャルとさらに良ければサルやタヌキと混浴になれます(順序が逆?)。

  宿を出発し善光寺の傍を通り抜け、戸隠神社の中社に参拝。昼食は例のごとく定番の“おおもり”、お目当ての「U屋」は客の行列で1時間待ち、数軒離れた「K屋」という蕎麦屋に入るが客は一人もいない。日曜日の観光地、稼ぎ時の昼というのに、商売の怖さ、きびしさを垣間見た感じが。
  帰りは早めにということで、古戦場跡を抜け長野インターより高速道路に入り一路東京へ。ここでも博識のクロカンさんが“鞭声粛々夜川を渡る...”の川中島決戦の一席を講釈。

帰りの車中でクロカンさんとドボンさんがエンチョウさんにしきりと携帯電話の勧め。クロカンさんの「自分が必要じゃなくても、周りが必要とするんだよ」という一言がエンチョウさんに購入を決意させたようで、その後のエンチョウ娘さんのメールで明らか。

 今回は6名といつもより少ない参加人員でしたが、リーダーのいつもながらの企画立案がよく楽しい温泉行になりました。車を戸隠ソバを食す(叶屋)出し運転し交通費を負担してくれたクロカンさん、ヒゲミヤさんありがとうございました。感謝 !!感謝 !! ドボンさん運転お疲れ様でした。エンチョウさん、アロイさん次回もご一緒しましょう。

 《今回改めて悟った教訓らしきもの
   ・その1: 自分が自然渋滞のペースメーカーにならぬよう、トンネル内はただひたすら飛ばすこと
   ・その2: 何事も表だけでは判断せず、裏をよく見ること。食べ物の場合は器の見た目の綺麗さにごまかされず、中身が肝心。特に量を気にする向きには形状(上げ底等)に注意。
   ・その3: 台風の後の野湯に行くには、ツルハシ、スコップの土方道具を持参のこと。ニッカボッカーや地下足袋、ネジリハチマキでスタイルをきめれば尚可。
  ・その4: 「驕れるものは久しからず」。これは「平家物語」の一節と記憶しているが、流行っている所は、つい尊大となり客をないがしろにしてそのうちに没落するという至極まっとうな教訓。やはり商売は顧客あって成り立つもの。顧客満足をモットーに初心忘れず良心的にやってほしいものです。でも一度は行列の出る店の味とはどんなものか食べてみたいですね。待つのが苦手な私は一度もそういうところで食べたことがありません。ハイ。

  ※ 信州高山温泉郷 松川渓谷温泉 「滝の湯」に興味ある方は、下記URLでH/Pにアクセスしてください。
ネット上からも利用申し込みできますよ。(最後までPR係でした。岩魚の大きさは偉大なり) URL:http://www.avis.ne.jp/~takinoyu/

(01/9/2 ドサンコ 記)


●穂高/中房温泉(01/5/19〜20)
ウコンさん
  参加者:クロカン夫妻、ヒゲミヤ夫妻、エッチュー夫妻、ウコン、トルタツ、カドカド、エンチョー、アロイ、ドサンコ(計12名)

  19日20日と安曇野の中房温泉に行って来ました。経過報告はリーダーのクロカン親分から、報告が有ると思います。  では、あれこれ、、、、、

驚いたこと 
  一つの宿に源泉がいっぱい、内風呂の数も多ければ、独立した露天の数も五つかな、蒸し風呂、これはやはりプール風呂のあとが最高に良いと言う事が、トルタツ、ドサンコ、小生の結論でした。
たまご、いも等、砂の中で蒸す事が出来る凄いことであった。湯の中に浸けた事はあったが砂に埋めるのは、はじめて、、、 「指宿、竹瓦、がんばれ、がんばれ」

反省のこと
 
たまごの蒸し方について
やはり事前にチャンと洗ってクッキングペーパーに包み、その上から新聞祇に包み、ネットに入れ蒸すべきであった。
そうすれば食べる時のじゃりじゃりはなかった。「窟斜路湖のほとりの川湯でも、卵は出来たかな」

期待はずれのこと
  越後、上州の山すそと異なり、このあたりだけかもしれないが、イタドリ、うど、こごみ等が見あたらない。水際にせり、ミズナも無し、なぜか途中にたらも多くは無く、こしあぶら皆無。信州人は根こそぎ食っちゃうのかなー。
中房温泉ご一行さま

嬉しかったこと
  大王わさび園で、ポプラの綿毛の飛ぶのに遭えたこと。
とてもロマンチック、また大連に行きたくなったヨ。上天気であちこちの残雪の山、みどりの樹木、あかしやの香り、あの流れ、すばらしいひととき、クロカンさんに感謝、感謝。


勉強不足だったこと

宿の裏手の白い花、やはりハクサンイチゲです。
葉は左右対称2〜3切れ込み有り、葉は二人草に良く似ていたが花茎より花一本、またイチリンハクサンイチゲは葉先が丸い。

皆さんの反省
 配布した雪形のパンフレットを持参しな無かった事。参照すれば配布のなかの、22、23、24、21、蝶が岳、常念岳、爺が岳、鹿島槍が雪形から解ったのです。五竜、白馬、の方は遠くてしかも少し霞んでいた為、よく見ないとむずかしいかも、お百姓ではない私達に自然が与えてくれたこの時期だけの、残雪のかたちのロマンなのです。
温泉や蕎麦だけでなく、見るこころも大切に大きく育てていきましょう。

  穂高神社の事のパンフも再読を、なにが思案の有明山に小首かしげて出たわらび、出たわらび、、、、これは安曇節の2番、松本の人、山男の好きな文句です。 チョサイ、コラホイ。

最後にヒゲミヤさん、赤かぶに続き、今回も美味しいラッキョウご馳走さまでした。とても美味しいかったです 。(01/5/22 ウコン記)


●秋山郷/屋敷温泉(01/3/24〜25)
クロカンさん屋敷温泉
 参加者:クロカン夫妻、ヒゲミヤ夫妻、エッチュー夫妻、ウコン、ハンダチ、ドボン、ホケンヤ、アロイ(計11名)

 秋山郷の屋敷温泉に行ってきました。総勢11人

  雪の切明温泉の野湯も充分に楽しめました。
男性が8人同時に入るには野湯では無理がありますが、幸いなことに先人が
掘ってくれた湯船が何カ所もあったので、みんなで楽しむことが出来ました。
  小赤沢も屋敷も貸し切り状態だったので温泉を堪能出来ました。やはり、秋山郷は
冬の間は、土日といえどもまだ秘境です。
  法師温泉はメジャーな温泉らしくいつも湯船は人で一杯です。
泊まらないとゆっくり堪能することが出来ないと思います。
  いつの日かのんびりと入りたい思いです。 (01/3/27 クロカン記)

●那須/北温泉(01/1/20〜21)
ハンダチさん参加者:クロカン夫妻、ヒゲミヤ夫妻、エッチュー、ウコン、ハンダチ、カドカド、ホケンヤ、アロイ、ドサンコ(計11名)

北温泉  北温泉に参加された方、お疲れ様でした。
車を提供し、運転を最初から最後まで受け持つてくれたクロカン、ヒゲミヤ、ウコンの お三方さぞかし疲れたことでしょう。
  また、心のこもつた 手造りの差し入れも大変美味しかったです。
有り難うございました。そしてご馳走さまでした。

  今回の北温泉、鹿の湯、塩原の福の湯は今までにないゆったりとした時間の中で過ごしましたが、私には初めての雪の中の北温泉は大変気に入りました。
館内もそうですが絵馬が沢山かかつた ランプの「天狗の湯」は最高です。
  お湯に浸かりながら、居合わせたドイツ人の女性とのお喋りもなかなか乙なものでした。
クロカンさん、また 隠れた秘湯名湯を紹介してください。
今度は 何処になるかな、と楽しみにしております。

  お蔭様で今回も楽しく、有意義な二日間を過ごせました。
改めて有り難う御座いました。次回を楽しみにしております。 (01/1/24 ハンダチ記)


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